Just a Moment -Florally- side ep.2
--------------------


「わわ! 崎谷先輩、すいません! 今すぐ片付けますから!」
茶髪の……見覚えのない後輩らしき生徒達が慌てて楽器庫を後にする。
まあ、俺が知ろうともしてないだけだけど。
「私、楽器庫なんて初めて入りました。意外と広いんですね」
「ああ。元々普通の教室だしな」
ご丁寧に余計なところまで片付けていった後輩達に溜息をつきながら、椅子の高さを確かめる。
学校でも練習した方がいいのはわかっているけど、やはり他人と共用だと調整がめんどくさい。

「先輩、それ何ですか?」
昼下がりの陽気に包まれてうつらうつらとしながらも、必死にノートと睨めっこをする。
書簡の整理をしながら香乃子が覗き込んできたので、軽く持ち上げて彼女に見えるように見せた。
「えーと……楽譜……ですか?」
自信なさげに問うので、一応補足しておく。
「ドラムの楽譜」
「へえ……なんだか、すごくごちゃごちゃしていますね。ピアノとかの楽譜と、まるで違う」
まあ、手書きだし自分がわかればいいからちゃんとしたものではないけれど。
実は全然できていなかったけど、いい加減練習しろと佑に怒られたので作り始めた。
んー……やっぱ叩かないとわからない。
「香乃子、ドラム聞きたいか?」
尋ねると、彼女は顔を輝かせて頷いた。
一通り荷物をまとめて、席を立つと、香乃子も急いでそれに続いた。

「ん、まだ途中だし、適当だけど」
軽いウォームアップの後、音楽プレイヤーをスピーカーにつないで、ウジの作ったデモをなるべく大音量で流す。
最初に戻して、入れるところから入る。
香乃子はちょこんと正座で聞いてくれている。
ドラムを叩くときは無心だ。
そりゃあ、ノるときはノるといっても、あくまで冷静でなくちゃいけない。
最後のシンバルを叩いてスティックを下ろすと、香乃子は控えめに拍手してくれた。
「先輩、すごく……かっこいいです」
香乃子に言われると、悪い気はしないな。
ちょっと笑うと、意外そうな顔をされた。
「やっぱり、すごいんですね」
そういう風に言った香乃子が少し寂しそうだったので、隣に座って「何で?」と聞いた。
「私の絵なんて地味だし、言うほどすごくないし……」
「俺は香乃子の絵が好きだ」
そう率直に言うと、香乃子は笑った。
「でも、先輩だけでも、そう言ってもらえるのはやっぱり嬉しいです」
俺だって、何度も褒められて、少しだけ感覚が麻痺していると言ったって、誰かに喜んでもらったりするのは嬉しい。
トルクウェーレの他のみんなもそうだ。
誰かのために曲を作ったりしているくらいだから――。
「もうこんな時間! 図書館閉めなきゃいけませんね」
香乃子が腕時計を見てそう笑いかけてきたので、俺も笑って返した。

窓に鍵をかける香乃子の小さな背中を眺めながら、カバンを背負う。
手伝おうか、と言ったのだが、断られてしまった。
しかし、決して高くない香乃子の背では、大きな窓の鍵を閉めるのは大変そうだった。
なんとか全てまわってカバンを肩にかけた香乃子は、優しく笑った。
「今日は、ありがとうございました。……私も、先輩の好きな花が描きたいなあ」
何かありますか?と聞かれて、うーん……と考える。
花についてなんて……人並み以下の知識しかない。
「香乃子がいいな」
冗談混じりで言ったのだが、香乃子はちょっと照れたように笑った。
「私は花じゃありませんよ」
じゃあ、何か考えるかなぁ、と高い天井を仰ぐ彼女の姿は、何だか特別に思えた。
煩わしいとばかり感じる女の子の行動も、香乃子ならそうは思わない。
そうだな……あながち冗談でもなかったのかもしれないな。



Back Top Next