Just a Moment - ep.15 "Heart to Heart"

--------------------


「おーう! 沙希ちゃん!」
 あのバカ委員長……晴善が恥ずかしげもなく手を振ってくるから、私はしぶしぶ返した。トルクウェーレのメンバーや明凛たちでやるというパーティに、彼も行くと聞いて、詳しいことを聞きに来たのだった。
「委員長……ちょっといいですか」
 お花でも飛んでるようなウキウキルンルンな笑顔のちんちくりん頭を廊下に引きずり出して、私は大きく溜息をついた。
「アレ? 沙希さん、なんか怒ってマス?」
 フッツーに言葉とは裏腹にへらへらしてる晴善に一瞥をくれて、もう一度溜息をついた。
「なんで晴善がパーティ行くのよっ」
 仮にも、クリスマスイブという、特別な日に……。
 私が、不満を抱かないわけにはいかない。
 しかし、彼は私のそんな複雑な心境も知らずに、陽気に笑った。
「だって誘われたから。っていうか、沙希も誘えって言われたから、今から誘いに行こうと思ってたんだよね!」
「え……」
 こ、この人は……本当に。
「行く! 行くからねっ」
 むきになってる自分がちょっとだけ悔しいけど、行かないわけにはいかないもん!
 それに……。誘われてないけど、晴善が誘ってくれる気があるのなら、断ったりなんて絶対しないもの。
「うん、OKOK。……あれ? なんだよ、もしかしてイブに放置だと思ってへこんでた?」
「……そうだと思う?」
 そうなんだけど、ね……。
「俺バカだからわかんねぇ。けど、そうだったら嬉しいな」
 そう言って、その素直な笑顔を私に向けた。
 こういうところが、好きなんだ。ずっとずっと前から。
 委員会で初めて会ってから、なんだかんだお世話になっていて、そしたら話す機会が増えていた。
 最初は委員長にふさわしくない不真面目な人だなぁと思っていたけど、意外に真面目で、面白い人だった。
 ちょっとだけバカなのがたまにきずなんだけど……。でも、その素直で優しい性格は、すごく好感が持てた。
 文化祭も終わって、明凛がトルクウェーレのメンバーとご飯を食べに行ったあの日……。あの日に、晴善に、告白された。
『ねえねえ、ちょっと俺の話聞いて。俺さ、沙希ちゃんのこと好きみたいなんだけど』
 わざとらしく、さらっと言った後に、赤くなって笑った彼に、すごく驚いた。だって、委員会の仕事でたくさん接してきたけど、そんなフリ、一度もなかったから……。
 でも、私も好きだった。バカに素直で、でもすごく優しい晴善が、ずっと好きだった。
「なぁー。いつまで隠せばいいんだ? 隠してるの、結構めんどくさいんだぜ」
「委員会の仕事がしにくくなったら大変でしょ。今年度の総括が終わるまでは、だめ」
 本当は、ちょっと恥ずかしいのもあるんだけどね。
 でも、明凛やトルクウェーレの先輩たちには、パーティでばらすと思う。というか、否応にもばれちゃう、かなぁ。
「俺だって崎谷みたいにイチャイチャしてぇよ〜!」
「はいはい、声大きいからね」
 いつものことだから、もう慣れちゃったけど。廊下にいる二年生たちも、この人の叫び声は聞き慣れていることだろう。だって、いっつもこんなんだし。
「楽しみだな」
「……そうだね」
 デートに行ったことが……ない、わけではない。
 けれど、初めて過ごすイベントだもの。心くらい躍るよ。

 桂がちゃんと決心して、明凛に稜のことを任せられたときは、安心した。
 初めて稜の話を聞いたときは驚いたけど、正直、ずっとウジウジしてるあいつに憤りを感じていた。
 弟への同情さえなければ、桂に好意を寄せてきた女の子を傷つけるようなことも、なかったはずだ。あいつ自身も、気づいていることかもしれないけど……。
 壊れかけの幼馴染三人の友情が愛おしくて、狂ってしまった弟の気持ちが、わからないわけじゃなかったんだろう。しかし、当事者である桂が、どうにかできる問題じゃなかった。
 今は、美紗は本当に稜のことが好きで、桂への態度はほんのからかいのようだから、明凛に心配はいらなかったのだけど。
 それにしても、あの二人はもどかしすぎた。
 最初に明凛と会った後の桂の台詞、あいつに聞かせてやりたいよ。
『お前の妹、あんなにかわいいって聞いてない』
 よっぽどのことでもなければあのニコニコ鉄仮面をはがさない桂が、赤面してたぞ。
 まぁ、傘も持たず雨の中走ってきたっていうのは、自分の妹ながらに根性ありすぎだろ、と思う。
 そもそも、俺が起こしたにも関わらず二度寝でもしたのか、寝坊したのがいけないんだろう……。
 でも、桂はあの日以降はすごい微妙な反応するようになったな。稜のことを気にしていたんだろうが。
 この佑サマがイベントを用意してやるたびに喜ぶくせに、好きなのかと聞くと、違うと言う。明らかに惚れてたのにな。
 二人が初めて会ったあの日の帰りの電車から、もうラブラブオーラ出てたのに、じれったすぎだ。二人とも一目惚れで、それで五ヶ月近く引っ張るっていうのはすげぇよ。
 二人とも優しい顔して案外頑固なところが、ちょっと似てるんだよな。
 ま、桂の精神面のもやもやがなくなったところで、クリスマスライブも上手くいきそうだし、俺としてはどうでもいいかな。
 そういえば、これで晴れてバンド内のリア充率が100%になってしまったわけだが……。
 ……俺? 俺は……。
 いいや、今は秘密にしておこう。そのうち話すさ。
 さて、ギターでも練習しようかな。


――Just a Moment

必要なんてない言葉だ。
引き止めなくても待ってくれるだろ? お前の王子様は。


Back Top Next