Just a Moment - ep.14 "Happy,and Peace in Harmony"

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「……心配なの、桂?」
休憩時間に清香が話しかけてくれる。
「そりゃあ、まあね……」
明凛ちゃんなら大丈夫だって、信じてるけど。
向こうで笑ってる佑も内心不安で仕方ないんだろう。
でも、今はただ塞ぎこんでる場合じゃないんだ。
「清香、C'からやるぞ。転調前のリズムが一度も合ってなかった」
「え? うん……」
いつもよりずっしり重く感じるベースを抱える。
それでもやっぱりこうしているのは落ち着くな。
「1、2、3、4……」

「そんなことがあったんだ……相談してよね、ホント」
沙希は困ったように笑った。
頼りたくないなんて強がっていたけれど、そんなのは嘘に等しかった。
「うん……ごめんね。……稜君は、完璧元通りとまではまだいかないみたいだけど、桂先輩とは仲良くやってるって」
「そっかそっか! で……明凛"ちゃん"は学校のアイドルな赤坂先輩に告られちゃったとね……きゃっ!」
ちょっ、静かにしててよね……。
幸い、重要な部分は誰にも聞こえなかったみたいだけど。
恥ずかしくて仕方がない。
「今日、また話すつもりなんだけどね……」
心臓は、もう今から張り詰めていて、どうにかしてしまいそうだった。
「うんうん! ……そうそう、トルクウェーレのライブの話は聞いてるよね? クリスマスライブ!」
沙希はいつもよりテンションが高いみたいで、私も緊張でどこかおかしくなってしまっているから、もう何だかよくわからない。
「うん。勿論行くよ」
ライブは今月の23日、クリスマスの前。
クリスマスイブは、桂先輩の家でパーティをするらしい。
私も行くことになっているけれど……。
「あのさ、クリスマスイブに桂先輩の家でパーティやるんだけど、沙希も誘いなってお兄ちゃんが。えっと……あの、渡先輩が、なんか」
「うっそ! あのバカ委員長……誰のツテで……。品川先輩かぁああ! そりゃあ行かざるを得ないわね……ああ」
渡先輩の名前を出した途端に沙希がそう叫んだ。
二人の関係は一言で言うと、「意味不明」だった。
上下関係も何もかもが吹っ飛んでいてるし、相思相愛のようでよくわからない。
とりあえず、沙希は、自分は渡先輩の保護者だと言い張ってるんだけど。
「あれ……?」
今、廊下を見慣れた姿が通ったような。
と思ったら、また帰ってきた。
お兄ちゃん?
お兄ちゃんは何度か教室の前を往復した後、やっぱりこの教室に顔を出した。
「何してたの?」
「あぁ、ちょっとだけ人探しをついでに……。んで、今日の放課後、図書館な」
人探し? お兄ちゃんが?
問い直そうとしたけれど、お兄ちゃんはそれだけ言って去って行ってしまった。

「おう。明凛、待ってたぞ」
二回くらいしか入ったことがない図書館は、なんだか新鮮だった。
冬の青い青い空の見える大きな窓は、すごく開放的で、いいところだ。
そこには、お兄ちゃんと、清香先輩と……桂先輩を除くトルクウェーレのメンバーが揃っていた。
あれ、あの子……。
キー先輩は少し離れた場所で、女の子と話していた。
もしかして、沙希の言ってた。
ホントに仲良しそうに話している二人は、何だか微笑ましい。
「何か用でもあったの?」
おずおずと尋ねると、お兄ちゃんは、にや、と笑った。
「俺達はないさ。……桂が中庭で待ってる」
桂先輩が……?
今日、私があの日の返事をしようとしていたことはさすがに知らないよね。
わざわざ向こうから来てくれるなら、手間も省けるし、何より嬉しい限りだった。
「行ってこいよ。そんで、言ってこい」
そう面白そうに言うから、私はちょっと気に食わなかったけど、鞄を置いて中庭へと向かった。

「明凛ちゃん」
桂先輩は、冬の少し暖かな陽を浴びながら、綺麗に笑った。
「……先輩」
ベンチに腰掛ける姿が、一瞬稜君と重なった。
最後に見た稜君は、確かに他の誰でもない、稜君だったから、単純に兄弟として、だった。
「ごめん、えっと……佑が、話してこいって……。稜のこと、ありがとうな」
お兄ちゃんだったんだ。
いつだって、こうして桂先輩との仲介をしてくれるのはお兄ちゃんだった。
「いえ……。稜君が、ちゃんと自分の気持ちを大事にできるようになって、よかったです」
正直に生きられないのは、辛くないはずがない。
実際、あの日彼はとても苦しそうで、悲しそうで、その震える手は恐怖しているようにも見えた。
今日はまだ、暖かい。
あの冷たい雨の日よりも、ずっと暖かい。
私の気持ちも落ち着いているから……。
「桂先輩。あの、私、ちゃんと言いますね」
頭がぐるぐるするような鼓動の速さに苦しめられていたはずなのに、いつの間にかさらっと口をついて出た。
でも、続く言葉はただ息となって消えていくだけ。
優しい桂先輩の眼差しが、少し怖くなった。
「……わ、たし、桂先輩のこと、好きです」
彼の目を見ていられなくなって、つい顔を背けてしまった。
先輩は、私が稜君にしたように、私の右手をとって、優しく握り締めてくれた。
ああ、この優しさが、以前の稜君でもない、赤坂 桂という人間なんだ。
暖かくて、ふんわりと包み込まれるように。
ふと、右手の甲に何かが当たった。
「ご、め……ん。何か、何だろ」
温かい涙が、伝って落ちた。
泣いているの……? 桂先輩。
心配になって彼の表情を伺うと、恥ずかしそうに顔を伏せてしまった。
「あの、大丈夫ですか?」
問うと、こくりと頷いて、はは、と小さく笑った。
「ごめんな……。何か、ね、諦めかけてたことが、こんなにも上手く実現するなんてさ、思わなくて……。実感したら、泣けてきちまった」
左手で流れ出る涙を拭いながら、明るく声を立てて笑った。
貴方の涙は、どうしてそんなにも優しいんだろう。

「ちょっと待ってください」
――Just a moment
「……聞かせてほしいんです」
貴方の気持ちを。
It was just words to love your heart.

調和という平和の中で、幸せが掴めるなら。


「好きだよ、明凛」



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