Just a Moment - ep.13 "Jealousy to Keep My Feeling"

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大きな大きなため息をついた。
ため息なんてつけるのもここだけかもしれない。
嫉妬からケツを追いかけている訳じゃない。
真似をしている自分には腹が立ったが、それは自分を偽ることが許せないからだ。
いつまでこうしているんだろう。
俺だって、誰かの助けを待っている「意気地なし」なんじゃないだろうか。
振動する携帯を手にとって、また笑顔を貼り付ける。
フラれに行くんだ、わかってる。
今回ばかりは、兄貴の動きが冗談のレベルを超えた。
そして、それを待ち望んでいたかのように、白々しく動く自分がいた。
――泣けるぜ。

稜君は確かに酷いことをしてきたかもしれないけれど、罪悪感を抱えて、自分もまた傷ついているなら、そして反省しているなら、それは責め立てられるようなことではないだろう。
きっと、本人が一番わかっているはずだ。
変えてほしいとも、思っているかもしれない。
私が伝えたいことは、ただひとつ。
『どんな稜君でも、みんな愛してくれるし、どんな桂先輩や小高先輩でも、稜君を嫌ったりしない』
桂先輩は、稜君を助けてやってほしいと言った。
止めさせて、ではなくて。
それは、桂先輩が唯一の肉親である稜君を、彼がどんなに酷いことをしてきたとしても愛している証拠だった。
戻るに戻れないこの状況から、稜君を必ず救ってみせる。

辺りは冬の灰色と茶色で塗り潰されている。
もう少し彩りのあったあの公園は、すっかりノスタルジックな雰囲気になってしまっていた。
袖を引き伸ばして手を温めたくなるほどに冷たい空気は、高鳴る鼓動をより浮き立たせた。
意を決して、ベンチに一人腰掛ける稜君に声をかけた。
「稜君、こんにちは」
声をかけると稜君は、一瞬ぴくりと身を震わせこちらを振り返り、優しく笑った。
いつもと同じはずなのに、少し違うその表情に奥歯を?み締める。
薦められたベンチに腰掛けると、稜君は私の言葉を待つように、じっとこちらを見つめてきた。
「あのね……まず、返事からなんだけど、私は、稜君のことは好きだけど……もっと好きな人がいるから。だから、ごめんなさい」
これは、ずっと決めていたことだった。
稜君のためにも、自分のためにも。
彼は少し笑ってそう、と呟くと、ベンチを立とうとしたので、私は咄嗟にその袖をつかんだ。
「待って! ……あの、稜君に、聞きたいことがあるの」
「何?」
あくまで優しくそう返して、再度ベンチに腰掛けた稜君は、息が詰まりそうになるほど深い眼差しを私に向けた。
暴れる鼓動を抑えながら、頭の中で言葉を組み立てる。
頑張れ、私。
「……稜君は、寂しいの?」
「……そんなことは」
「お兄ちゃんに聞いたの、稜君と、桂先輩と、小高先輩のこと。稜君は……どう思っているの? 今、本心を聞かせてほしくて」
稜君は戸惑っているように見えた。
聞かせてほしい。
稜君の本心。
抱えていることは、すべて話してほしい。
こんなのは、迷惑かもしれないけれど。
それでも、きっと稜君が話してくれたら、全部終わるから。
少し間を置いて、稜君が口を開く。
「そうかもしれないけど……。俺は、自分自身の意志で、行動してるつもりだ」
途切れ途切れに紡がれた言葉は、強がりにしか聞こえなかった。
だから、その横顔はいつもより頼りなげで。
私は、かすかに震える稜君の右手を握り締めずにはいられなかった。
「嘘つかなくても、いいんだよ……。どんな稜君でも、みんな、きっと、好きだから。……桂先輩は、私に、稜君を何とかしてやってほしいって、そう言ったの。桂先輩も、稜君のこと、嫌いな訳ないよ……」
稜君の顔を見ていられなくなって顔を伏せたら、膝に涙が零れ落ちた。
私、泣いてどうするの……?
私の嗚咽に紛れて、稜君が、何度も何度もためらうように息を吸い込むのが聞こえて、ますます私は辛くなった。
そして、彼は私の頬に手を触れて、言った。
「……ありがとう。俺は平気だよ、だからそんなに泣くな。明凛ちゃんを泣かせちゃ、さすがの兄貴にも怒られるよ」
稜君は震える声でそう言った。
顔を上げて彼の顔を見ると、それはとても苦しそうだったが、必死に笑っていた。
前髪に遮られて、よく見えなかったけれど、その表情は、稜君そのもののように感じた。
「ごめん、ね……。稜君、聞かせて……。どう思ってるの? 私は、全部、何も言わないで聞くから」
私がそれだけ言うと、稜君は私の頭をなでてくれながら、言った。
「……最初は、確かに三人が離れたくなかっただけだった。でも、兄貴達に向けられた好意を見ていたら、二人の気持ちもそっちに行ってしまうんじゃないかって。だんだん、心配になっていって。嫌われたくなかったのに、嫌われるようなことしたって、知ってた。でも、止めたらどうなるのかわからなくて、不安で、止められなかった。だから、」
彼の震える声は、いつの間にか、涙を含んだ悲しい声になっていた。
「ありがとう……。明凛ちゃんみたいに、俺を変えてくれる人を、ずっと待ってた。俺は、意気地なしだよ……」
手の震えも止まり、俯いてしまった稜君を、私は優しく抱きしめた。
嘘で抱きしめられたあの日の代わりになるように、たくさん願いを込めた。
もう、普通の好きとか嫌いとか、野暮ったい感情なんて、存在しない。
「稜君のことは、みんな大好きだからね」
うなずいたその頭をそっと包み込むと、彼はしばらく離してはくれなかった。
『稜、愛してるわ』
狂った愛情よりも。
『ねぇ、抱き締めて』
嘘で塗り潰された毒を吐く行為なんかでもなく。
『どんな稜君でも、みんな好きだから』
待っていたのは、その一言に込められた気持ちだったのに。
俺はそれを掴むことはできないんだ。


――Just a Moment

貴方の抱えた苦しみが、痛みが、貴方自身に突き刺さっているとしたら、それは罪なんかじゃない。
時間の歩みを少し遅くしてくれる杭なんだよ。


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