Just a Moment - ep.12 "Words to Love Your Heart"

--------------------


外はいつの間にか雨が降っていた。
桂先輩は濡れたりしていないだろうか。
胸の鼓動の高鳴りを、走って隠そうとして、より苦しい。
お兄ちゃん……今、私は何に向かっているの?
こんな気分でも迷ってしまわないほど見慣れた道。
冬も近く、冷たい風が吹く。
傘をさしていても、強い風と走っているせいで少し雨を受ける。
いつもの商店街を抜けて、駅の階段を駆け上がったら、だんだんと見えてきた。
屋根の下で空を眺める桂先輩。
静かに傘をたたんで近寄ったら、桂先輩は今までで一番幼く笑った。
無邪気、という言葉が似合うほど。

「佑から、聞いたんだよね」
複雑そうな桂先輩の声。
「はい、でも……」
何かわかったかといえば、そうでもない。
稜君の本心が気になるってだけ。
「うん。ほとんど誰も真相は知らない。全員の想いを知ってるやつはいない」
言葉を切って、空をまた眺めた。
その横顔は、さらっと吐き出された言葉とは裏腹に、素直に苦しそうだった。
「俺からは、稜をなんとかしてほしいっていうのと、ね……」
私のほうに向き直って、桂先輩はしばらく黙っていたけれど、大きく口を開いた。
「俺は、本気で明凛ちゃんのことが好きだよ。……本当は、気づいてもらいたかった。なんて、男らしくもないけどさ」
赤い顔で、自嘲気味に笑いながら、それでも真剣な目で先輩はそう言った。
忘れていたかのように、急に、心臓が張り裂けそうなほどに鼓動した。
息が苦しくて、開いた口がふさがらない。
「……あのっ」
途切れる息でどうにか言葉を言おうとしたら、桂先輩が困った顔で笑った。
「ごめん……俺、もう、知ってる。明凛ちゃんの想い。でも、直接聞きたいから……急がなくていい。俺としては、稜が先だから、そっちを先に相手してやってほしい」
そんなことを言った。
どうしようもなく何も言えなくて、何もできない私を、桂先輩は優しく放っておいてくれた。
先輩は、優しいけれど、ずるい。
一方的に色々伝えられて、わかっていたことだけれど、体は全然ついてきてくれない。
しばらくそんな感じで黙っていたら、ふと頭の上に重みを感じた。
「桂。困らせちゃ意味ないだろ。もうちょっと気遣いってもんをなあ……。明凛、そろそろ帰るぞ」
振り返ったら、お兄ちゃんがいた。
優しく頭をなでられて、少し落ち着く。
「明凛、やばい。顔真っ赤」
わ、笑わないでよね!
反撃しようとしたら、はいはいと流された。
鼻歌なんて歌いながら、お兄ちゃんはすたすたと歩いていってしまう。
ぽつぽつとゆっくり歩く私を置いてけぼりにするように。

帰り際、桂先輩に言われた。
「稜は、何だか今回の件で少し揺れてるみたいだから……。明凛ちゃんに、頼みたいんだ」
私も、稜君のことが気になる。
何か背負っているなら、どうかそれをわかってあげたい。
桂先輩だって……心配なんだよね。

「言ってなかったことがあった」

「桂な、だいぶ前からお前のこと好きだよ」

お兄ちゃんは、どこかさっぱりした感じでそう言った。

え……え? だって。
8、9、10、11、12……。
今月で、出会ってから5ヵ月。
半年も経ってないのに。
すたすたと先に行ってしまうお兄ちゃんをあわてて追いかけたとき、振り返ってももう彼はいなかった。


――Just a Moment

貴方を愛するために、たくさんの犠牲を払ってきた。
嘘の言葉、苦しい心――胸の鼓動。

すべては、貴方のために。



彼の気持ちは、決意は、十分に伝わってきた。
あの日の電話の後にすぐに送られてきたもの。
あいつから何か頼んでくるなんて珍しかった。
口では仕方ないな、なんて言ったが、俺も明凛が満足な生活をできているなら、嬉しいことだった。
「伝えられることじゃない……。この拙すぎる唇では、か」
あいつなりに、明凛を喜ばせたかったんだ。
こんなことじゃなくても、何でも喜ぶのにな。
「ああ、ウジか? 曲名、決まったぞ」
「え? 早いね。あ、そっか……」
「ああ」
君の心を愛するための言葉。
口にすることが大切だって、やっと気づいたんだな。


Back Top Next