Just a Moment - ep.11 "Past Times"

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彼女はうずくまっていた。
錯綜する想いと嘘と、自分の気持ちの中で。
どうしてか、寂しいようで、切ないようで。
このままそこにいることはしたくないのに、何かを捕まえることもできない。
そこに、魔の手が伸びてきて、闇へと誘う。
その手は嘘と、穢れた想いで、沈んでしまっていた。
彼女は伏せた顔を起こしたが、手に連れ去られることはなかった。
彼女の周りには、たくさんの明るい想いがあったからだ。

「明凛」
誰かに呼ばれた。
闇に沈んだ世界とは、別の、どこか遠いところから。
はっと意識を取り戻した。
声の主は、お兄ちゃんだった。
「明凛」
再度呼ぶ声。
手を伸ばして、掴む。
「寝ぼけてんじゃねーぞ」
そう笑う声。
目を開けた。
目の前に、お兄ちゃんの顔。
「床に倒れてたから何かと思ったけど……寝てただけか?」
体を起こす。
全然記憶ないや……。
「多分……」
「お前、最近眠れてないだろ」
え、何で知っているんだろう。
「疲れてるように見えるし、朝も遅いだろ。お前らしくなく」
そうなんだけど。
本当に悩んでいる。
稜君は、長い間待ってくれるようだったから、時間は特に気にしなかった。
「明凛」
お兄ちゃんに名前を呼ばれる。
「明凛。俺から、伝えなきゃいけないことがある。――気にするな、他人に助けられてばかりと言ったって、最後に決めるのはお前だよ」
「え、お兄ちゃん……?」
お兄ちゃんは、何か知ってるの?
いや、知っているんだろう。
私の誰にも言っていない秘密だったことも……。
「全部知ってる。お前のことも、桂のことも……稜のことも」
教えてくれると言ってるのか。
私が一番望んでいた――。
「今は言えないこともある。それでもいいよな?」
ごくりと唾を飲んで頷く。
「部屋へ行こうか」

桂と稜の両親が亡くなったのは、二人が小学生の時だった。
美紗とは生まれたときからお隣さんで、両親同士も仲がよかった。
両親は事故死。
その当時はおじさん――桂のお父さんの弟は、二人の受け入れを拒否した。
彼は若くて一人身だったよ、苦しい生活をしていたようだから無理もない。
こうして、美紗の両親は二人を受け入れたんだよ。
小さな子供二人には大きすぎる一軒家は、しばらくの間は賃貸にして二人の財産の足しにした。
美紗の両親は止むを得ず保険金で二人の生活費をまかなった。
桂と稜、美紗が中学生になったときのことだった。
三人は思春期だった。
美紗は、優しくてハンサムな幼馴染に惚れたんだよ。
鈍い桂には気がつかなかった。
鋭い稜は、早くに気がついた。
それこそ、本人よりも先に。
悩める歳だった稜は思った。
『二人が結ばれれば三人の楽しい時間はなくなる』
ただ、それだけだったんだよ。
それを止めるためだけに、稜は自分を捨てたんだ。
美紗の桂への想いが大きくなりすぎる前に、美紗に近づいた。
幼馴染としての「like」しかなかった相手に、桂は「love」を偽った。
そして……美紗も悩んだんだ。
きっと稜の桂への想いに気がついたから。
悩んでいるうちに、別の女の子が桂に告白してしまったんだ。
桂ははっとした。
部外者に干渉されるより、と美紗に告げて、美紗に桂と付き合ってもらおうとした。
自分はその女の子に近づいて、付き合った。
その後……稜はすぐに耐えられなくなった。
兄に重ね合わせて見られていることはわかっていた。
それに、桂と美紗は変わらずに幸せそうだった。
女の子と別れた後、稜は何を思ったか、美紗と桂を引き離した。
このときの彼の心境は、誰も知らない。
ここから今の状況が起きているんだよ。
高校になってからは、あいつはもっと酷いこともしてる……。
美紗は、美紗なりに稜の味方と言っている。
何がしたくて稜があんなことをしているのかは、知りたいなら本人に聞け。
最後に言っておくが、稜が優しい顔をやめないうちは、あいつは誰にも惚れない。
あいつはこんなことをしている自分が嫌いだ。
ありのままの自分を見せたいと、受け入れてほしいと思わなければ、惚れたりしない。
稜は……本当は明るくて面白いやつなんだと。

「とにかく、稜の誘いはオーケーしちゃいけない。後、どうするかお前次第だ」
それって。
稜君は、かわいそうなんじゃないか。
何を思っているのかはわからないけれど。
彼の冷たい表情は、悲しそうなんだろうか。
――変えてあげたい。
そんなことしたって意味ないって、そんなことしなくてもみんな稜君のことは好きだって、伝えてあげたい。
会いに行かなきゃ。
「あー……稜に会いに行きたいのはわかるが……。お前に、これを伝えたのは、桂に頼まれてたからなんだよ。桂が、明凛に会いたいって」
「桂、先輩が……?」
胸が高鳴る。
何だろう。
何かの予感がする。
「うん。あいつは、駅で待ってる。……行って来い」
お兄ちゃんは私の背中を無理やり押す。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」

――Just a Moment

時を止める魔法の呪文。
気がついたら、私はそんなものに頼らなくてもいいようになっていた。


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