Just a Moment - ep.10 "What Should I Do?"
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すっかり寒くなってしまった。
来月のテストに向けて、徐々に勉強の雰囲気が出来てくる学校。
私も期末はやばいなあと思いながら、毎日をじっくりとやり過ごす。
行事がないときは、みんな部活しかない。
部活もない私には、特に何もないのかな。
帰ろうと思って荷物をまとめる。
まだ、コートを着るほどの気候じゃないかな。
もっと寒くなったときに困るから。
すれ違う顔見知りにバイバイ、と声をかけながら、昇降口に向かう。
駅までの数分の道。
いつもより静かに感じる帰り道だった。
見慣れた電車に乗って、いつもの駅で降りる。
「明凛ちゃん」
急にかけられた声にびっくりして、ぱっと振り返ると、そこには学ラン姿の稜君がいた。
どうしてこんなところにいるんだろうか。
「綾君、あれ、どうしたの?」
問うと、綾君はちょっとね、と笑って言った。
「あの、さ。この後時間あるかな……? ちょっと話したいことがあって」
まさか、と思って、すぐにその疑念を振り払う。
違う……きっと違うよ。
そうだとしても……私は。
「だ、大丈夫だよ」
ついぎこちなくなってしまう。
大丈夫?と聞き返されるが、必死に首を縦に振る。
稜君も、学校帰りだろう。
何だか大人っぽい雰囲気に、学ランは窮屈そうだった。
稜君に連れられて、人気のない綺麗な公園に来た。
ベンチに座ると稜君は何ともいえない表情をして、空を見上げているように見えた。
私があんなことを心配しているから、稜君が挙動不審に見えるんだ。
きっと、そう。
稜君?……と聞こうとすると、稜君はこちらを振り返った。
そして、すっと息をひとつ吸って、瞬きをひとつした。
「俺、明凛ちゃんのことが好きだ」
すごく真剣な顔で、そうさらっと言い放って、すぐにそっぽを向いた。
まさか、と思っていた。
本当に稜君がそんな人だと思わなかった。
それでもまだ、ちょっとだけ、違う、という気持ち。
稜君は、そういう訳じゃなくて、ただ単純に、私を好いてくれているのかもしれない。
「りょ、う君。あの……本心、ですか?」
恐る恐る、問うてみる。
ここで、そうじゃないなんて、言われる訳ないのに。
そうわかっているのに、聞いてしまった。
稜君は、どうしてかこちらを向いてくれなかった。
ただ、ぽつりと本心だよ、と言った。
隣に向けた私の視線。
それから逸らされた彼の視線。
どうして、こんなこと……。
そんな想いがずっとぐるぐるしていて、私は何も言えないままだった。
口を開きかけたところで、稜君に腕を引かれて、抱き締められた。
どきどきしてる。
私も……違う意味でどきどきしてる。
稜君は、耳元で、ねぇ、と小さな声で呟くように言った。
「兄貴は……意気地なしなんだよ」
聞いたこともないような低い声でそう言った後、より強く抱き締められた。
稜君の声は怖かったけれど、ちょっと震えていたから、どうするべきかわからなかった。
「あの……! 考えさせて。また、今度、ね……」
稜君のサマが怖くて、なんだかまだ信じられなくて、消え入るような声しか出なかった。
解放されて、再度離れる。
彼は、俯いていて、その表情は伺えなかった。
「心が決まったら、会いに行くから、連絡して」
そう言って紙切れを渡す稜君は、まるでいつもの風とは違った。
稜君は、やっぱり……。
小さく頷くと、稜君は何も言わずに公園から出て行ってしまった。
わからない。
稜君の話を初めて聞いたときから、ずっと疑っているようだから、もし稜君がそんなこと考えてなくても、わからない。
最初から、稜君の表情がすごく気になって、その、桂先輩に似すぎた優しい笑顔の間に垣間見える冷たい顔が、怖かった。
――お兄ちゃんなら、知ってる。
きっと、桂先輩のこと、ほとんど知ってる。
桂先輩のことを、稜君のことを、知りたい。
聞かなくちゃ。
早く帰って、そうしたら……。
いや、お兄ちゃんはまだ帰らない。
それに、時間はいっぱいある。
考えよう。
とりあえず考えて……お兄ちゃんに聞くのは最後にしよう。

その日、ぼーっとしすぎていたせいか、公園に長居していたようで、家に帰るのが遅れて心配された。
お兄ちゃんも、少しぼーっとしていた。

「香乃子ちゃんって子なんだけどね。美術部の」
「え? キー先輩が……?」
沙希は頷いた。
座った椅子をがったんがったんと揺らしながら続ける。
「最近なんだか、図書館で一緒に勉強とかしてるみたいだよ。あの子、前から部活あんまり来なかったけど、今は全然来ないもん」
キー先輩って、そういうイメージないなあ。
「前見に行ったけど……。崎谷先輩がデレデレだったよ」
そ、想像できない……。
でも、稜君とかの件もあるし、人は見かけじゃない。
沙希も意外とゾッコンじゃないし……。
「明凛? 最近ぼーっとしてない?」
え、そうかな、と首を傾げる。
「何かあったなら相談してよね」
沙希には稜君のことは話していない。
珍しがられることを覚悟で、色んな人の恋の話を聞いてみてる。
どうすればいいのか、全然わからないから……。
お兄ちゃんはバンドの練習で忙しそうだったけど、何か変だった。
制服のポケットに入れたままの、稜君のメモを握り締める。
私……誰かの助けを待っているみたいだ。
少し前から、周りの恋も動き出してきているって、そう気づいた。
誰も、私のことなんて見ていないから、助けてくれない。
自分で決めなくちゃいけないんだよ……。


「もしもし。――桂、お前はどうするんだ? 聞いただろ。俺は……お前の答えを聞くまで動かないぞ。選んでくれ。俺がゴーを出したら、俺は言うぞ」

桂は、額に当てた手を強く握り締めた。
稜はもう何の考えもなくあんなことをしている。
あいつを救ってやりたい気持ちもある。
それに、明凛ちゃんを巻き込んでしまったから。
そして俺だって、そこに……。


「佑……頼んだ」


「やっときたか。桂、後戻りはすんな。俺がサポートしてやるんだから」


静寂にまみれた耳鳴りの中、二人は笑った。


『その恋、Just a moment,please?』


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