Just a Moment - ep.9 "Just for Celebration"
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「明凛ちゃん、今度の日曜日なんだけど、空いてる?」
昼休み、桂先輩がやって来ていきなりそんなことを言った。
どういう事だろう。
物凄く動揺してどきどきしながら「え、あ、はい?」と返すと、桂先輩はにっこりと笑った。
「よし。……来週、佑の誕生日だろ? プレゼント買いに行こうよ」
そういたずらっぽく小さな声で笑って言った。
そういう名目だとしても……。
あまりにも私にはハードすぎるシチュエーションだった。
11月――秋の肌寒い風に煽られて、ぐらぐらな私の恋は前進……したのかな?
「ああ、もうっ!」
一度着てしまったワンピースを脱ぎ捨てる。
今日は土曜日……桂先輩と買い物に行く、日曜日の前日。
お兄ちゃんに相談する訳にもいかず、何度も何度も着てはやめ、着てはやめ。
別にデートとかそういうものでもないけど、気合いを入れない訳にはいかないよ……。
髪型だって全然決まらない。
どうしようもなくなってベッドに倒れこむ。
散らばった洋服が下敷きになる。
ふと何の気もなしにケータイを開くと、沙希からメールが来ていた。
『服装に迷っているであろうアカリちゃんへ。とりあえず私的にはサイドポニーが一番かわいい!
あとすごくいいなーって思ったのは、あのチェックのバルーンスカート。後は頑張れ!』
沙希……ありがとう。
沙希の言うとおりに着てみて、写真を送る。
どきどきしながら返事を待つ。
『うんうん。いい感じ。もーいきなり赤坂先輩と買い物とか言うから心配でしょうがないよー』
よかった。ほっと胸を撫で下ろす。
『そのくらい大丈夫だよー』と送って、再度着替える。
そして、散乱していた洋服を片付けて、さっき脱いだばかりの服を丁寧にたたんでよけておく。
下に降りると、お兄ちゃんがギターを抱えて机に乗せたノートを覗き込んでいた。
「あれ? 次、ライブいつあるの?」
隣に座りながら言うと、お兄ちゃんはノートから目を離さずに
「まだ決めてないけどもうすぐ」と珍しく真面目な声で言った。
「今度な、ウジの連れの子がバイオリン弾いてくれるって」
バイオリンか……楽器できるって、羨ましいな。
あの先輩かな、いつもウジ先輩といる、かわいい人。
きっとすごく仲がいいんだろう。
私の桂先輩への気持ちは憧れでもあるけれど、今ではすっかり立派な好意だ。
今、何してるかな……とぼんやり考えながらお兄ちゃんのギターの弦だけのかすかな音を聴く。
私も……女の子らしく、お菓子とか練習しようかな。
桂先輩は何が好きだろう。
ここはあえて、食べたことのなさそうな本格的なものを作って……なんて深く考えていたら、いつの間にかお兄ちゃんがこっちを向いてにやっとしていた。
久々に見た、このからかうような表情。
急にお兄ちゃんが私の肩を抱いた。
「『恋する乙女はかわいくなる』とか言うけれどさ、確かにそうかもな」
皮肉っぽい口調でそう言って、額を小突く。
そういえば、お兄ちゃんは好きな子いないのかな。
聞こうと口を開いたら、先回りされてしまった。
「どうだろうね?」
ずるい。
一番ずるいのはお兄ちゃんだ……。
不満気な顔で背を向けたおにいちゃんを睨んでいたら、ふっと鼻で笑われた気がした。
爽やかな秋の日。
丁度いいほどの風が吹き、日差しも届いている。
何だか構えて待っているのが恥ずかしくて、忘れたフリでしらっとしている自分がいる。
沙希と相談して決めた服。
「お兄ちゃんの誕生日プレゼントを買う」という目的も忘れかけている。
ゆっくりと流れていく雲をどきどきしながらぼんやりと見つめる。
すると、視界の端に見覚えのある姿が映った。
「明凛ちゃん、おはよう」
桂先輩だ。
「おはようございます!」
にっこり笑いながら歩いてくる桂先輩は、少なからず人々の注目を集めている。
チェックのパーカーを着た姿。
相も変わらず何でも似合う。
シンプルなファッションでもすごくサマになるから不思議。
「佑の好きなものはわかるんだけど、何が欲しいのかな……」
そんな風に呟く横顔を見ているだけでどきどきする。
近頃のお兄ちゃんの言動を思い出す。
「うーん……楽器関係かアクセサリーですよね……」
「うーん、ギターでいうとストラップとかピックくらいしかないからなあ。その辺とりあえず探してみようか」
桂先輩に連れられて、楽器屋に行く。
ギターやベース、キーボードがずらり。
「ギターとか買えるようなお金があればそれでもいいんだけどね」
何しろ貧乏で、と桂先輩は笑う。
そっか、そうだった。
私、桂先輩に何かしてあげたいな……。
「佑って緑好きだよね?」
「そうですねー」
などと会話しながら見て回る。
これ……すごいいいな。
幾何学模様が綺麗に重なり合った模様のストラップ。
桂先輩を呼んで紹介すると、彼も「いいね」と言ってくれたので、私はそれにした。
次に寄ったアクセサリーショップで、先輩も何か買えたようだった。
「案外早く済んじゃったね……。お昼、食べてこっか?」
思いがけない一言に、つい首をぶんぶん縦に振ってしまった。
「よし。……牛丼屋でいい?」
え、意外。
大丈夫です?と少し疑問系で言ってしまうと、桂先輩は笑った。
「安いからさ」
そうでしたね、と私も笑って歩く。
周りから見たら、どんな関係に見えるんだろう。
恋人に見えるかな……?
「今日はありがとう」
牛丼でお腹いっぱい。
駅で先輩と話す。
「お兄ちゃん、喜んでくれるといいですね」
うん、と頷いた先輩を見て、ふと思いついた。
「あ、あの……この後、ウチで夕飯食べませんか? 休日は親、夜に出かけるから私が作るんです。迷惑だったらいいんですが……」
言ってから、あ、稜君とかどうしよう……と思い出して後悔した。
「いいの!? 今日の夜は稜もバイトだからいないんだよ」
嬉しそうに言う桂先輩を見たら、私もとても嬉しくなった。
「スーパーに寄ってから帰りますね」
何作ろうかな。
うきうきしながら電車に揺られる。
「桂先輩、何が好きですか?」
「うーん……。和食かなあ」
和食か。
魚かな、やっぱり……。
秋だし、おいしそうなのはいっぱい出てるかも。
いつもと違う、桂先輩との帰り道。
何だか、夢を見ているようだった。
「あ、すいません。ありがとうございます」
結局先輩に少し手伝わせてしまいながら、夕飯の準備をする。
お兄ちゃんにはメールで私から誘ったということにしておいた。
3人分の食事。
何だか気合いが入ってしまって、いつもより凝りたくなる。
さんまを焼きつつ、煮物の下ごしらえをする。
忘れてた、というようなことを桂先輩はテキパキと予測して指摘してくれる。
「明凛ちゃん、大根先に煮ちゃったら?」
「あ、はい」
何故か洗い物をさせてしまっている。
とても助かるのだけど……。
ちょっと料理の上手い人の前で作るのは恥ずかしい。
コックさんからの知恵は間違っているとは思わないけど。
「先輩、待っていてもらっていいですよー?」
「そう? でもなんか、料理を待つのって数年ぶりで落ち着かないんだ」
そう笑いながら、桂先輩はリビングへ向かって行った。
ふう。喜んでくれるかな?
「うめぇ! いつもより気合い入ってないか?」
「あは、間違ってはいないかも」
3人の食卓。
すごく楽しい時間だ。
「おいしいね。さすがだなあ」
桂先輩も喜んでくれてるし。
大満足。
今日は本当にいい日だった。
桂先輩とおにいちゃんと他愛もない話をして、その日は桂先輩と別れた。
後日、お兄ちゃんに二人でプレゼントを渡しに行ったときは、「やっぱりか」と言っていた。
お兄ちゃんは一番ずるくて、一番鋭い。
清香先輩にそのことを言ったら、「でも、どうだろうね? 鈍感じゃないとは言えないかも」と言っていた。
私は、なんだか彼女の言葉に違和感と、既視感を抱いた。
なんだろう、この気持ち。
――Just a Moment
ただ祝うためだけに。
ただ一瞬。
貴方との時間を、無駄にしたくはないよ。
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