Just a Moment - ep.8 "Someone's Thoughts"
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 夕方の空いている電車に揺られる。
 沙希とは方面が違うから、お兄ちゃんと会わない限りは、いつも一人。
 駅に停まり、入れ違う人々。
 小学生から、お年寄りまで。
 ぼーっと見ていてうつろうつろしていた。
 と、とんとんと肩を優しく叩かれる。
 ぱっと顔を上げると、稜君がいた。
「よ。隣、いい?」
「あ、うん」
 稜君が隣に座る。
「明凛ちゃんは、部活とかやってないんだっけ」
「うん。音楽も運動もだめで……。お菓子研究部もいいなって思ったんだけど、お菓子はそんなに得意じゃないほうだし、家でやればいいかなって」
 本当に、料理しかできないから。
「そうなんだ……。中学の時とかは?」
「中学には料理部があったから、そこに。料理しかできないの」
 苦笑いして言うと、稜君はいいじゃん、いいじゃん、と笑ってくれた。
「この前のお弁当、明凛ちゃんが半分作ったんだっけ」
 おいしかったよ、と笑う稜君は、やっぱり桂先輩と似ていたけど、違っていた。
 気遣いの仕方も、笑い方も、完璧に同じなんだけど、何かが違う。
 マネしてるんだ、きっとそう。
 噂が本当なら、稜君は桂先輩を演じて女の子に声をかけているのでは。
 どんな気持ちでそんなことをやっているんだろう。
 知りたい。
 本当なのか、稜君の気持ちも。
「あ、俺、ココで降りる。じゃね」
 あの夏休みの日、桂先輩と別れたところと同じ駅。
 最後に稜君が少し振り向いたとき、恐ろしく冷めた笑みをしていた気がした。

「佑! 佑佑ゆーゆーユーユーユウ!」
 清香がぴょんぴょん跳ねながらやってきた。
 愛用のギター、フェンダージャパンのST62-US TRD。
 それを抱きかかえて俺の前に座る。
「え、とね……。前言ってたアレ、できるようになったよ!」
 握りこんでいたピックを取り出して弾き始める。
 前にできないと言っていたスウィープをすらすらと弾く。
 清香はギターの天才だ。
 毎日たくさん触れているのもあるだろうが、物凄く覚えが早い。
 すごく嬉しそうな顔をする清香。
「おお。すげーな、俺には絶対無理だわ」
 清香とは軽音に入ったときに知り合った。
 バンドを決めるとき、清香に俺が誘われて、そこから2人でメンバーを探した。
 紅一点、そしてバンドのリーダーと言っていいだろう。
「つか、お前昼飯食ったか? ずっと弾いてたけど」
 清香は、量を食べるでも食べないでもないが、熱中していると、いつも食事を忘れている。
 それで倒れたりするんだから、心配だ。
「食べたよ。さっきウジにパンもらった」
 ウジは面倒見がいいからな。
 子供にもよく懐かれる辺り、兄、父気質なのが伺える。
 ……外見は弟キャラなんだけどな。
「そーか。あー、俺も練習しなきゃなあ。まだコード覚えてないよ……」
 文化祭が終わったから、次は……いつライブをしようか。
 まだ決めていないが、年末までには、必ず。
「啓司君のバカ!」
 ふと廊下から聞こえた怒声に、廊下の方を見る。
 ウジを啓司君と呼ぶやつなんて――
 廊下には、きょとんとした顔で立ち尽くすウジと、小さな背に茶色のボブ、怒った顔の根川 亜子(ねがわ あこ)。
「なんだろう……さっき教室で見たときは、普通に話してたんだけど」
 清香がギターを置いて廊下に出る。
「亜子、どうしたの?」
 清香が声をかけると、根川は清香の胸に飛び込んだ。
 ウジは立ち尽くしたまま、少し苦笑を浮かべている。
「け、啓司君が……酷いんだよ……」
 今にも泣きそうな声。
 集まってきた野次馬に非難の視線を浴びせられるウジ。
 根川は味方が多いからなあ。
 悪いヤツじゃないし、魅力的なんだけど。
「亜子、あっちで話聞くよ。ね?」
 清香は根川をなだめてその場から離れていった。
 ウジは俺の姿を見つけると、こちらに歩いてきた。
「何やっちゃったの」
 そう聞くと、ウジは困った顔をして、少し笑った。
「全然わかんない。普通に世間話してただけなんだけど」
 割とウジは女の子の気持ちがわかるヤツなはずなんだがな。
 まあ……大体想像はついてる。
「根川のこと、あんまり甘く見てるとさっきみたいなのが続くだろうな」
 え?とウジが聞き返すが、軽くスルーする。
 わかってないヤツは、酷い目にあってしまえばいい。
「桂もなあ……」
 ウジにも聞こえないように小さく溜息交じりに呟く。
 ホント、イライラする。
 男らしくない訳じゃない。
 桂は優しすぎるんだ。

「亜子、どうしたの? ウジが何かした?」
 まだ涙目の亜子をなだめる。
「あのね、あたしは、啓司君のこと好きなんだけど……」
 昼休みの誰も使っていない物理室。
 ドアの内側に二人で小さく座って話し込む。
「女の子に優しくしたりとか、そういうのは別にいいんだけどね。啓司君にとって、あたしは……妹みたいなものなんだって」
 亜子は、ウジが好きなんだ。
 周りから見ても、本人には悪いけど、兄妹みたい。
「うーん……。ウジはね、多分気づいてないと思う。でも、妹ってことは、亜子のこと、嫌いって訳じゃなくて、むしろ好きってことだと思うよ」
 桂もそうだけど、ウジはよりそう。
 ウジも桂のことには少し苛立ちを感じているみたいなんだけど、自分を想ってくれている亜子の気持ちは気づけないんだね……。
「でも、それ以上でも以下でもないんだよ……」
 頭を膝の間にうずめる亜子。
「言ってみようよ。ウジは気づいてなかったこと、後悔するよ」
 ……大丈夫、ウジなら、もう亜子を泣かせるなんてことはしない。
 そういう意味では、すごく男らしいと思う。
「うん……」
 亜子の頭をゆっくり撫でる。
 みんな、恋してる。
 勿論、私も。
 あのキーだってきっと……。

「沙希ちゃん沙希ちゃん、ねえ、ちょっと今日……」
「今日は真っ直ぐ帰ります。委員長も勉強しなくていいんですか?」

「佑、ピックちょうだい」
「え? 何で……別にいいけど」

「啓司君、さっきはごめんね……。あたし、どうかしてた」
「ううん、俺こそごめん。何かあったら、すぐ言ってね」

「……お前、面白いな」
「そうですか? よく地味って言われるんですけど」


「明凛ちゃん、今度の日曜日なんだけど、空いてる?」

「え、あ、はい?」


――Just a Moment

たくさんの想い。誰かの想い。
交錯するたくさんの恋の中で、一直線に君へ向かうよ。


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