Just a Moment - ep.6 "What Does it Mean?"
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「すごい良かったですよ! 演奏も歌も感動しました」
文化祭が終わって、色々あって、全然お兄ちゃんとも赤坂先輩とも話せなかったけど、お兄ちゃんが昼食に誘ってくれて、バンドの先輩と6人で食べることになった。
沙希は、また何か渡先輩に呼ばれていたようだった。
「俺、別に歌上手くないのに佑が無理矢理……。色んな意味で精神的に疲れたよ」
赤坂先輩が肩を落とすが、お兄ちゃんが肘で小突く。
「本番すげえ楽しんでたくせに。それに、桂に歌ってもらうために作ったんだからな」
「あれ? お兄ちゃんが作ったの?」
アンコールだから曲紹介はなかったし、お兄ちゃんが作曲なんて聞いたことなかった。
「おうおう! 『heavenly happy』作詞・作曲はこの高倉でっす! 他の曲も、ウジが中心だけど俺も手伝ってるよ。各パートのアレンジはみんなでやってるけどな」
バンドとか作曲とか全然知らないけど、すごいなあ。
中学からちまちまギターやってるだけじゃなくて、そんなこともできるようになってたなんて。
「知識はあっても、俺センスないからさ。佑はセンスあって羨ましいよー」
品川先輩が笑う。
そういえば、品川先輩は外見に合わずピアノやってるんだっけ。
「その、品川先輩は何でピアノやってるんですか?」
「あー、よく聞かれるけど、ウチの両親、ピアノの教師なんだ。小さい頃からやってたからそのまま、かな。まあピアノは普通に大好きだよ」
ちょっと照れくさそうに話す姿は、幼い印象を受ける。
体格と相まって、若く見られやすいだろうなあとか思いながら頷いていると、隣の三山先輩に肩を抱かれる。
「ウジはウジでいいよ! それとちっちゃくて童顔なこと気にしてるから言わない方がいいよ! てゆーか、苗字に先輩ってくすぐったいから、私は清香でいいし、キーもキーで、桂も桂でいいと思うよ。ね?」
「前半にちょっと煩わしいことが聞こえた気がするけど、そう呼んでくれていいっていうか、呼んで!」
そう言いつつも品川先輩は満面の笑顔だった。
赤坂先輩もこの光景に苦笑いしながら頷く。
眠たそうにまどろんではいるが、崎谷先輩もいいよ、と小声で呟いてくれた。
「じゃ、決まり。改めてよろしくね!」
「は、はい。えっと、桂先輩に清香先輩、ウジ先輩にキー先輩。よろしくお願いします」
改めてきちんと礼をする。
「うんうん。――ねえねえ、私達明凛ちゃんのこと、全然知らない。だから、ね、教えて、好きなこととか」
好きなこと……。
私、好きなことってあったっけ。
昔から何でも割とできたと思うけど、得意なことも好きなこともあんまりないかもしれない。
お兄ちゃんに頼ろうと思って視線を移すと、待ってましたと言わんばかりに口を開いた。
「明凛はな、料理がすごく上手い」
そ、そうかな。
疑問を目で投げかけていたら、お兄ちゃんが言った。
「気づいてないかもしれないけど、お前の料理はすごいぞ。格が違う」
「え? だってコックさんに教わった通りにやっただけだよ」
「んー、それがすごいんじゃないかなー」
小さい頃、となりに住んでた、調理師を目指していたお兄さん。
お父さんやお母さんとも仲が良かったから、よくウチに来て料理を教えてもらったり、作ってもらったりしていた。
今はもう引っ越してしまったけど、年賀状くらいは毎年もらう。
本名も今では知ってるけど、昔にコックさんって呼んでって言われてそのままだ。
「とにかく、明凛は料理が上手い! で、得意な料理は」
「え、ええと……オムレツ」
自分でも大好きだから、たくさん作った。
オムレツは自慢できる料理かもしれない。
「ってな訳だ」
「へぇー。女の子らしくていいなぁ。ねえねえ、桂も料理上手いよね?」
桂先輩が少し頷く。
「うんー、まあ。作ってるからね。得意な方ではある」
作ってるんだ。意外だなあ。
と、お兄ちゃんが私の目の前のお弁当箱をさっと手に取る。
「桂も明凛も手作り弁当! さあどっちが美味いか!」
私と桂先輩のお弁当箱を並べて、中央に置く。
とっさにウジ先輩が私のお弁当箱の中の玉子焼きを指でつまみ、にっこり笑った。
「いぇい、明凛ちゃんの玉子焼きげっつ!」
あわあわしていると、お兄ちゃんがあとでやるから、と目で伝えてきた。
そして、お前も、と言って桂先輩のお弁当を差し出す。
桂先輩を恐る恐る見ると、慣れっこなのか、どうぞ、と笑ってくれた。
私は慌てて、いただきますと呟いてから、玉子焼きを口に入れた。
「おいしい!」
ケチャップ味で、洋風の玉子焼き。
適度に半熟だけど汁気が多くなくて、白身と黄身がよく混ざって外見も綺麗。
「明凛ちゃんのもうんめえ! やばい……桂以上の料理人が現れた……」
ありがとうございます、と笑って言うと、桂先輩に食べていい?と聞かれたので、ぶんぶん首を縦に振って頷く。
お兄ちゃんが便乗して俺も食べていい?と言ってきたけど、お兄ちゃんはだめ、と言っておいた。
私の作った玉子焼きが、桂先輩の口に入る。
清香先輩もいつの間にか口に入れていた。
「わ、おいしい。どうやって作って」
「おいしい! ホントに佑とは違って料理できるんだね! 対照的な兄妹だなー」
桂先輩を遮って、清香先輩が言う。
先輩達の関係は複雑だけど色々と面白いなあ。
そう思って笑いながら二人に答える。
「あ、はい。私も苦手なことはお兄ちゃんできますし……。――えっと、作り方はですね、まず卵を……」
お兄ちゃんはコックさんのことあんまり好きじゃなかったしね。
桂先輩と玉子焼きについての談義。
もう最初と比べて慣れてしまったけれど、幸せだなって、先輩の顔を見直して実感した。
「へえ、面白いね、作り方。ありがとう」
「いえいえ。昔、友達に教わっただけです」
大分慣れたとはいえ、ドキドキは収まらない。
やっぱり好きなんだ。
料理という共通の話題が持てて嬉しい。
「そういえば、なんで桂先輩は料理やるんですか?」
「あ、明凛。ちょっと」
「いや、いいよ、別に。そんなに気にしてないから」
制止に入ろうとしたお兄ちゃんを止める。
――家の事情だったのかな。
すいません、と話をやめようとしたら、桂先輩がいいよ、と笑ってくれた。
「両親がいないんだ。弟と二人暮らし。だから家事は二人でやってるんだ」
気にしてないと言った割には少し辛そうな顔をしているような気がした。
「そうなんですか……」
悪いことを聞いてしまったと思って俯いていると、清香先輩がフォローを入れてくれた。
「バイトもやってるし、大変だよね。でも、おじさんと同居、考えてるんでしょ?」
「うん。稜もバイトできるようになったしね。あいつ、運動部だから忙しいみたいだけど。生活費全部は無理でも、ある程度はまかなえるから」
稜って……噂の弟のことだろうか。
文化祭前に沙希に聞いた話が、まだ気になる。
二人暮らしをしているというなら尚更。
「それに、最近は美紗がよくご飯とか作ってくれるし、大分楽だよ」
美紗。小高美紗。
あの演技は今も鮮明に覚えている。
終わったあとの、あの輝く笑顔も。
――実質、桂先輩に一番近い女の子。
かわいいし、演技も美味い。料理もできるんだろう。
何もかも負けてばかりで、しゅんとしていると、お兄ちゃんが耳打ちした。
「小高は大丈夫。……何でかは言えねぇけど、桂と小高の間には決定的な溝があるんだ」
頷くけれど、自信が戻ってくる訳もない。
だって、一番近い人があんなに完璧なら、遠くのぱっとしない人なんて、きっと見えないようなものだ。
私みたいな無難なだけの女の子なんて。
「ああ、気にしなくていいよ。全然重い話じゃない。ちゃんとこうして楽しくやってるし、元からそんなに貧乏って訳じゃないからさ」
桂先輩は笑ってくれるけれど、その裏に隠しているであろう気持ちを思うと、とても申し訳なくなった。
お詫びの念もこめて少し笑って頷く。
「なあなあ! 体育祭の弁当、明凛と桂がみんなの分作ってきたらいいんじゃないか? そういうときだけ、特別で。な、いいだろ?」
お兄ちゃんが思いついたようにぽんと手を叩いて言う。
「わ、私はいいよ」
でも、桂先輩は。
そう思って桂先輩の方を見ると、いいんじゃないかな、とお兄ちゃんと私に目配せをして笑った。
そのとき、ちょうど昼休み終了の予鈴が鳴り、私は教室に戻らなければならなくなった。
「あ、じゃ、そゆことで!」
うん、と頷いて、先輩達に別れを告げた。
桂先輩の弟らしき、稜って人。
幼馴染らしい、小高先輩。
もう慣れてしまった、桂先輩との会話。
もし離れていかなければならないとしたら。
そうせざるを得ないとしたら。
――この二人が関係してきて、そうなったら。
私にはどうすることもできないに違いない。
前に進みたいと思いながらも、今この状況に満足して、それでも進みたくて、足踏みばかりしてる。
結局は、この4ヶ月ほどのことを振り返ってみると、お兄ちゃんと沙希に助けてもらっている。
二人の助けがなくて、私は何ができるんだろう。
せめて、二人のように積極的になりたくて。
心の中でそう思っても、様々な疑問をどんどんぶつけても、全然積極的だなんていえない。
外に出さなければ、きっと。
――Just a Moment
踏み出せていないこの足。
手伝ってとは言わない。自分から進めなければいけない。
進んでいるのはただ上体だけ。
今、追いつくから、誰も私に干渉しないで。
ただ、そこで待っていて。
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