Just a Moment - ep.5 "Terrific!"
--------------------


「明凛ちゃーん、パンフレット誰が持ってる!?」
 文化祭実行委員長、渡 晴善が叫ぶ。
 開場まで、あと3時間。
 一般生徒が登校するまでに、設置系の準備は終えないといけない。
 私や沙希を含む文実は皆、声を張り上げて連携をとりながら走り回っている。
「金田さんがさっき運んでました! あと、これテープ、沙希からです」
 答えて、手にした新品のガムテープを力一杯晴善先輩に向けて投げる。
 晴善先輩は、コントロールの悪く変な方向に飛んでしまったテープを器用に片手でキャッチし、手を挙げて礼を示した。
 私は、沙希に頼まれていた机の運搬を済ませて、箱を運ぶ人の手伝いをしながら、沙希の姿を探した。
 クラスの出し物の方で、用事があった事を思い出したのだった。
 箱を運ぶのも大方終わって、あとは門を調整して細かな修正だけとなり、私はほとんどやることがなくなったので、沙希を探しに一階から階段を回ることにした。
 二階の階段まで来たところで、踊り場でポスターの補強をしている沙希を見つけた。
「沙希ー、今、ちょっといい?」
「お、明凛。何何?」
 沙希は乗っていた脚立から跳び降りて私の近くに来てくれた。
「当番、藤本君が代わってくれるって。午後の二回目。よろしくね」
「え、ホント!? よかった、これで一緒に先輩見に行けるよ〜!」
 嬉しそうにジャンプとかしてる沙希。
 私はやっぱり苦笑いしかできない。
 それでも、沙希がいないと積極的になれないから、私も純粋に嬉しい。
「やる事、ある? 下の方は大体終わっちゃった」
「うん、一緒にこれやろうよ」
 そう言って腕に通していたガムテープを手渡される。
 ポスターの補強をしようとしたけど、比較的背の低い私には、最下段のポスターしか届かなくて、一生懸命上の段のポスターも作業しようとしていたら、沙希が笑って脚立をまわしてくれた。

「よし、明凛。行くよ!」
 沙希が私の手を引く。
 開会式が終わったので、二人でお兄ちゃんのクラスの劇を見に行くのだ。
 というか、ちょっと前にお兄ちゃんに遭遇してしまって、沙希に連行されざるを得なくなってしまった。
 まだ最後の調整をしている生徒も多い中、沙希は全速力で走る。
 朝一は朝一だけど、別にこんなに急がなくても間に合うのに。
 沙希は「早く行って舞台裏の高倉先輩を拝む!」と言っていた。
 劇は出ないけど、音響担当らしいんだよね。
 二年生の教室のある階には、まだほとんど二年生しかいなかった。
 三山先輩と品川先輩も、準備に走っているのを見かけた。
 二年生の中で、一年生、しかも文実の腕章をした私と沙希はものすごく目立った。
 お兄ちゃんのクラスの前に行くと、お兄ちゃんが私たちを見つけて駆けつけてくれた。
「はやっ! ……なあなあなあ! あれ、いいだろ! な?」
 ちょっと企み笑いをしながらお兄ちゃんが指さしたのは、スーツを着てメガネをかけた赤坂先輩の姿だった。
 他のクラスメイトと打ち合わせか何かか、すごく真面目な顔で話しているから、服装とマッチしていて、いつもとは違う印象ながらも、とてもかっこよく見える。
 沙希がキャーキャー言ってるそばで私はびっくり。
「俺が提案した! 桂にああいうのって新しいけど、絶対悪くはないと思ってよ」
 お兄ちゃんは満足げにそう言った。
 どんな服でも似合いそうだけど、大人っぽい赤坂先輩にはぴったりのチョイスだ。
「あれ? じゃあ、赤坂先輩は劇出るの?」
 聞くと、お兄ちゃんはにっこり笑った。
「勿論。桂を使わずに誰を使って客寄せをするー!」
 お兄ちゃんの大声が聞こえたのか、赤坂先輩がこちらを向いたので、私と沙希は慌てて礼をした。
 恥ずかしそうに笑うその顔は、いつもと全然変わらなかった。
「ん、あとちょいかな。んじゃ〜お楽しみください!」
 お兄ちゃんが時計を見てそういうと、教室へと入っていった。

 照明がついて、ひとりの女の先輩が台詞を喋りだす。
 あの人、どこかで見たことあるなあ。
 慣れた動きと、演じきっている表情。
 ――上手い。
 惹かれる演技って、こういうものなんだなあ。
 赤坂先輩は、その女の人と並ぶメインキャストだった。
 劇の内容は、精神病を患う少女と殺し屋の感動的なラブストーリー。
 ポーカーフェイスのクールな殺し屋を、赤坂先輩は素人とは思えないほどに上手く演じていた。
 ――かっこいい台詞を言う度に観客の女性がどよめくほどに。
 私も確かにドキドキした場面はたくさんあったけれど。
 公演が終わって、教室を出る。
 沙希は中で知り合いと話していたようだったので、私だけ出てきた。
 お兄ちゃんは、出演者より一足先に教室の外に出ていた。
「お疲れ様。――なんか、すごかったよ」
「おう! ありがとな」
 お兄ちゃんは、片付けをしつつ応えてくれた。
「主演の子、小高 美紗(こだか みさ)っていうんだけど、すごいだろ。演劇部のキャプテンだな。あと桂の幼馴染」
 ああ、演劇部だから見たことあるんだ。
 演技が上手いのも、そういうことだったんだ。
 なるほど、と頷きながらお兄ちゃんの動きを眺めていると、沙希が教室から出てきた。
 あ、赤坂先輩と並んで話してる……。
「あ、明凛! ね、赤坂先輩かっこよかったよね?」
 沙希が駆け寄って私の腕を掴んで聞く。
「え? あ、うん」
 あれをかっこよくないとは絶対に言えない。
 すると、沙希は今度は赤坂先輩の下へ駆けていって言った。
「明凛もかっこよかったって言ってますよ!」
 明凛ちゃんが?と聞き返す赤坂先輩を見ていると恥ずかしくなってきて、私はつい目をそらしてしまった。
 そらした先には、またニヤニヤしてるお兄ちゃん。
 最近、沙希とお兄ちゃんに振り回されっぱなしだ。
 それでも、楽しそうに笑っている赤坂先輩を見ていると、気持ちが和らぐ。
 結構、末期だなと自分で思う。
 だけど、赤坂先輩のことを知れば知るほど、どんどん好きになっていってる。
 同時に、もっと知りたい、もっと知って欲しいと思う。
 自分の世界に浸っていたら、沙希にまたからかわれたけど、やめる気なんて全然ないかもしれない。
 諦めろって、誰に言われても、絶対に無理だと確信している。

「やばい! 間に合わないかも!」
 二階の長い廊下を走る。
 体育館まではまだ遠い。
 軽音楽部のライブ開演まであと1分。
 お兄ちゃんは最前列の席をとっておいてくれるとは言ったけど、開演までという条件つき。
 一番近い席がひとつでも空いているまま、演奏はしたくないんだそう。
 間に合わないと、今の時間じゃ絶対に立ち見になる。
 足の速い沙希が手をとってくれているけど、私の体力はもう限界だった。
 体育館の前までやっと辿り着いたとき、ぐっと沙希とは違う手に腕を掴まれる。
 その影の顔をふと見上げると、見慣れた顔だったけど、いつもと全然違う。
 制服じゃない、衣装のお兄ちゃん。
 割といっつも笑ってるお兄ちゃんが、今だけ、すごく真剣な顔をして、私と沙希を引っ張ってくれている。
 かっこよくて、頼れるって、そう思った。
 力強い手に引っ張られて、パイプ椅子を掻き分けて走る。
 お兄ちゃんだって気づいてる人はいっぱいいた。
 途中、黄色い叫びとかがちょっと聞こえた。
 お兄ちゃんは止まることなく、奥へ奥へと走る。
 既に、お兄ちゃんだって息切れしていて、肩で大きく息をしている。
 息切れしたら本番で歌いにくいのに。
 ついに、一番前に着く。
 そこには、崎谷先輩と品川先輩が座っていた。
「お疲れ、佑」
 そう言って、私と沙希に席を譲って、ステージへ上がっていく。
 ああ、とお兄ちゃんは吐き捨てるように呟くと、私に囁いた。
「二人が心配で演奏なんてできやしねぇ。……歌えなかったら、桂に歌わせるよ」
 最後だけ、お兄ちゃんの、いつものあの笑い声だった。
 私は最大の感謝をこめて、お兄ちゃんの手をぎゅっと握って頷くと、ステージへ送った。
 桂先輩も暗がりの中で、ちらっと見えた。
 三山先輩は、笑って手を振ってくれた。
 頑張れ、お兄ちゃん、赤坂先輩、バンドの先輩達。

 崎谷先輩のスティックの音。
 そして、それに続いて奏でられるそれぞれの楽器の音色。
 さすが、エースバンド。
 狂いのない演奏、勢い。
 あんなこと言ってたけど、お兄ちゃんはちゃんと歌えてた。
 どこかで聞いたフレーズも多い。
 多分、家でぶつぶつ言ってたあれだろう。
 一曲目が終わり、いきなり体育館のボルテージは最高潮級に上がった。
 お兄ちゃんの挨拶、赤坂先輩復活の発表、バンド紹介。
 ここまでお兄ちゃんと部長さんがやって、他のバンドの演奏へ。
 クラスの子や、沙希の知り合いもいたし、何より上手さより、とても楽しかった。
 6つくらいのバンドが演奏し、ついにトルクウェーレ。
 最初に演奏したから、メンバー紹介から入る。
 ボーカルのお兄ちゃんが司会で進んでいく。
 ウチに来てた割に全然バンドの先輩のことは知らなかったから、とても面白かった。
 リードボーカルはお兄ちゃんで、コーラスは品川先輩がやるんだそうだ。
 お兄ちゃんのウリは高音なんだとか、知らなかった。
 そんな感じでトークも交えつつ、曲が始まる。
 全曲オリジナル。
 大体はピアノをやっていて音楽に詳しい品川先輩が作曲をし、お兄ちゃんやみんなで作詞をしたらしい。
 とにかく、とても個性と技術の両立ができていて、楽しい演奏だった。
 赤坂先輩を最大限に活かそうとしているようで、その効果は大きかった。
 三山先輩のギターは女性とは思えないほどに力強さを感じさせたし。
 とにかく、そんなにバンドというものに興味がない私でもすごく感動できた。
 隣の沙希はもう、叫びまくるほどに盛り上がってたけど。
 最後の曲が終わり、大きな拍手が巻き起こる。
 ほとんどの観客が立っていた。
 そして、笑顔だった。
 自然のアンコールの流れになり、お兄ちゃんがマイクをとった。
「ありがとうございます! 最後に一曲、桂ボーカルで演奏します」
 赤坂先輩が中央のマイクの前に立ち、笑って一礼してから、構えた。
 ピアノの音から始まる、今までとは違う曲調。
 歌詞は、少年の叶わない悲痛な恋を歌ったものだった。
 赤坂先輩の温かな歌声が響き渡る。
 痛いほどに叫ばれる愛を、その少年を演じているかのような歌。
「明凛、ねえ――」
 体育館全体が、曲の世界に溶け込んでいく。
 沙希の言葉に頷いて、溢れかけていた涙を拭う。
 確かにそこには、天上の笑みと言うべき笑顔の赤坂先輩がいた。


わかってくれた 君はこの翼を
信じてくれた この異界の存在を
悲しむことはない 最初からわかっていた

僕は天使だ だから君に祈ろう

for the heavenly happy,and heavenly
僕のこの翼なんて
君の幸せを祈るためにしか使えない
きっと邪魔なものだ
so I hate to love you like this
叶わないなら せめて君の笑顔を
今だけはここで 抱きしめさせて


届くはずないと 諦めた腕を
君は引き上げてくれた
そうか それなら僕は
この身が朽ちるとしたって

君の愛が欲しい 僕を救ってくれる
求め続けよう 君の愛と幸せを
そして捧げ続けよう この愛と祈りを

for the heavenly happy,and heavenly
僕のこの翼だって
君を愛するためになら折ろう
今は邪魔なものだ
どんな僕でも愛してくれると言うのなら
叶うと信じよう この悲しい恋も
そう決めたから ずっと抱きしめているよ






「明凛、ねえ。赤坂先輩の表情、すごい嬉しそう」





 ――Just a Moment

 貴方が止まらないなら、せめて距離が離れないように、追いかけ続けよう。
 それでも追いつけないから、少しくらい、待っていて。


Back Top Next