Just a Moment - ep.2 "Catch The Chance"
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「お疲れ様でしたー」
今日の文化祭実行委員会が終わった。
もっとも、今の私の頭の中にその内容がきちんと入ったかと言われると、イエスとは答えられない。
恋ってホントに病気なんだなあ。
こんなことは冷静に考えられるのに。
「明凛はそのまま帰るよねー」
そんなぼーっとしている私に沙希が話しかける。
私は部活に入っていないので、学校に残る理由はない。
「うん」
「そっか。じゃ、私はちと美術部の方に顔出してくるからー。ばいばーい」
沙希に手を振る。
――ふう。
朝の雨で濡れた服はもうだいぶ乾いている。
けれど、靴箱に入っていた靴はまだずぶ濡れだろう。
気持ち悪いんだろうなあなんて考えながら昇降口に向かう。
あれ?
昇降口まで降りたとき、聞き慣れた声が聞こえた。
低くはない明るい声。
お兄ちゃん?
私が声の主を判別すると同時に、お兄ちゃん――高倉 佑が階段を下ってきた。
その少し後に――。
私は反射的に下駄箱の裏に隠れる。
見慣れた訳ではない。
しかし、しっかりと脳裏に焼け付くその顔。
赤坂、先輩。
沙希の言った通りだったんだ。
きっと、これからお兄ちゃんと一緒に帰るんだ。
一気に心臓の鼓動が高鳴る。
二人の笑い声が、誰もいない昇降口に響き渡る。
このまま下駄箱にひっついてる訳にもいかないけど……なかなか行ってくれない。
「あ、俺傘置いてきたかも。とってくるよ」
こんな時に何してんだっ、馬鹿兄!
なんて思っていたら――。
「あれ? 明凛、何してんだ?」
降りてきた時とは別の方に来るなんてそんな深読みできるほど、私の頭は回っていなかった。
下駄箱の裏にひっついてるところをお兄ちゃんに見られてしまった。
ど、どどどうしよう!
「や、やぁ、別に……?」
思いっきり動揺したまま返事をする。
首を傾げるお兄ちゃん。
「んーまあいいか。……そうだ、これから帰るから一緒に帰るかー! 連れがいるけどまあいいよな」
な、なんてことを仰るんだ、この人。
だって、赤坂先輩と……っ!
ちと忘れ物とってくるから待っててな、なんて私の返事を待たずにお兄ちゃんは行ってしまう。
あぁもう、どうするのよ!
しかし、ふと外を見ると、まだ雨が降っていた。
傘、持ってないんだから、それはそれでいいのかも……。
とかなんとか、頭の中で色々と格闘する。
そのうちに、お兄ちゃんが帰ってきた。
「おし、帰るぞー」
私は静かに頷いて下駄箱を開ける。
案の定、ローファーはまだ濡れていた。
うう、気持ち悪い。
乾きかけなのが逆に蒸し蒸しして気持ち悪い。
このままここでこうしている訳にも行かず、私は外に出た。
赤坂先輩とお兄ちゃんが私を待っていてくれた。
小走りで二人の下へと向かう。
「あぁ、お前、傘持ってなかったんだったな」
そう言ってお兄ちゃんは、自分の傘を私に貸してくれた。
「お前、朝、桂に傘借りたんだって?」
頷いて、ふと赤坂先輩の方を向くと目が合う。
彼が微笑んだので、私は慌てて軽く会釈をした。
「こうして二人並んでると、ホント似てるってわかるね」
おー、そーだろう、なんて言いながらお兄ちゃんは赤坂先輩の傘に入る。
そして、雨の中、歩き出した。
お兄ちゃんと赤坂先輩が同じ傘だから、二人には話しかけにくい。
私は地面の水溜りをぼーっと眺めながら歩く。
そんなとき、前方から声が降ってきた。
「なあ、今日は何で学校に来てたんだっけ?」
顔を上げると、お兄ちゃんがこちらを振り返っていた。
「委員会だよ」
また俯きつつ言う。
水溜りを眺めるのも悪くない。
「おー、文実。そういえば文化祭の……」
それだけ言ってお兄ちゃんは赤坂先輩との会話に戻った。
完全に蚊帳の外だなあ。
逆に話しかけられてもすごく困るんだけど。
そろそろ駅が近づいて来る。
赤坂先輩も同じ方向の電車のようだった。
視界を少なからず阻んでいた傘はない。
赤坂先輩の顔はよく見えるが、私には直視するほどの勇気はない。
たまにこちらを見て、微笑んでくれる。
それに私は、びっくりして少し微笑み返すしかできない。
そんな様子を見ているお兄ちゃんは、少し不思議で、可笑しそうな顔をしていた。
「それじゃ」
途中の駅で、赤坂先輩がドアへと向かう。
「今度からは、傘、忘れないようにね」
私にそう言って、お兄ちゃんにも軽く手を挙げて、電車から出て行った。
「ほぉ〜」
お兄ちゃんが、昼の沙希のような怪しい笑いを浮かべている。
そして、
「お前、わかりやすすぎ」
と言って、私の頭をぽんぽんと軽く叩いた。
え、何が、なんて聞くまでもないけれど。
私はただ、少し赤くなってお兄ちゃんの暖かい大きな手を押し返すしかできなかった。
――Just a Moment
ちょっと待って。
せっかく掴んだ小さなチャンスも、逃げていっちゃうよ。
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