Blossom - Hollyhock

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「あ、桃歌ちゃん」
 更衣室まで戻って、サキ先輩と別れた後、ちょっとぶらぶらしていたら、孝篤君に会った。
 仕事もないのか、荷物を持って巡回モードで、パンフレットで扇いでいた。
「ねえ、これから水瀬先輩が劇出るらしいんだけど、見に行かない?」
「えっ! 行く!」
 そういえば言っていた。劇に出るなんてことも……。
「やった。じゃ、行こうか」
 嬉しそうに笑った彼について、教室へと向かう。
 孝篤君も綺麗な顔をしているから、十分女の子の注目を受ける。
 隣に歩いていると、ちょっと勘違いされちゃうかな。今はヒップホップ部お揃いだし。
「俺は嬉しいんだよ」
「え?」
 急にぽつりと呟いた彼に驚いて横顔越しに見つめると、孝篤君は苦笑した。
「ニセモノだけど、桃歌ちゃんと並んで歩けて」
 そこで、合宿のときの彼を思い出した。
『俺、桃歌ちゃんのこと好きだし』
 孝篤君は、すごくモテそうだし、かっこよくて、優しくて……。
 そんな彼にあんなことを言われたことを思い出すと、ちょっと照れる。でも。
「……ごめんね」
 比べるようなことじゃないけど、私にはサキ先輩がいて、どうしようもできないくらいに好きだから。
 唐突に謝った私に、孝篤君はびっくりした顔で聞き返した。
「な、なんで?」
「孝篤君のことは好きだけど、でも孝篤君の気持ちには応えられなくて」
 私だって、普通の女の子だもん。素敵な男の子と一緒に歩くのが、嫌なはずがない。
「いいの。そう言ってくれるだけで嬉しいし、俺はサキ先輩のこと尊敬してるから、逆に安心してるよ」
 優しく笑って、頭を撫でてくれた。
 ……孝篤君って、お兄ちゃんみたいだな。
 いや、部員はみんなある意味お兄ちゃんみたいにしてくれるけど、その中でも特別優しい理想のお兄ちゃん。
「ありがとう!」
 お返しに満面の笑みをプレゼントすると、孝篤君はちょっと照れた顔で笑った。
「そこのお二人さん、イチャイチャすんのはいいけどもっとこっそりやれよー」
 ふと振りかかってきた陽気な声。
 顔を上げると……。あれっ!?
「先輩……?」
 声も口調も、確かに水瀬先輩だった。
 今見てる顔、垂れ気味の目や上がった口元、すっと通った鼻に眉毛、全部水瀬先輩なのに。
「何、そんなにビックリする? ビックリしすぎて、珍しく基山チャンがブサいぞ」
 からかいをかけてきた彼の髪は、真っ黒だった。
 それだけでかなり真面目な印象に映るから、すごいと思った。
「それ、どうしたんですか?」
 彼もまたビックリしていた孝篤君が問うと、水瀬先輩は髪を撫でて言った。
「ウィッグだよウィッグ。あまりにもあの髪が合わないからさ」
 冷静になって見直すと、今の彼の服装は、彼らしくもなくぴっちり着たブレザーの制服だった。
「クールなヘタレヒーロー役なんだよ。水瀬クンキャラには合わないけど面白いと思ってさ」
 でも、水瀬先輩のたまに見せる真剣な顔はすごくかっこいいと思う。
 ……ファンが増えちゃうなぁ。
「というわけで、カップル紛いなお二人さん、どーぞ見ていってよ」
「そのつもりで来たんですよ」
 にっこり笑顔で言った孝篤君に、へぇ、と意味深な笑みを返す水瀬先輩。
 ……だめだ、この人たち、お腹の中がたまに黒いんだった。何考えてるか想像するだけで怖すぎる。
「ま、冷房きいてるし、入って入って」
 水瀬先輩に背中を押されて教室に入り、席につく。
「意外だったねえ」
「うん」
 水瀬先輩の黒髪なんて初めて見た。
 あ、他の染めてる先輩のも全然見たことないけど……。
 ちょっとプリンになったりしても、すぐ染め直しちゃうから、全部地毛色はなかなか見ない。
 ……でも、水瀬先輩は地毛も茶色そうだしなぁ。
 琴先輩は、多分朝斗先輩と同じような焦げ茶。サキ先輩は……。実里さんも美咲さんも黒いんだよね。なら、黒かなぁ……。
「はは、やっぱ面白いな」
「え、何が?」
 急に笑い出した孝篤君は、でも、何がとは教えてくれなくて。
 程なくして始まった劇に、聞くチャンスも失ってしまった。
 劇はといえば……水瀬先輩の、いつもと違う演技は面白かった。
 元々大げさにリアクションしたり、抑揚が豊かな話し方をするので、こういうのは上手いと思っていたけれど。
 さすがに決め顔や女の子が喜びそうな台詞はリアリティーがあった。……というか、あれは本気だなぁ。
 劇全体もクラス劇としてはすごく上手くて面白かった。
「二人とも、ありがとな」
 教室の外へ出たところで、水瀬先輩が他のお客さんの相手をしつつ話しかけてくれた。
「お疲れ様です。すごいよかったですよ」
 暑いのか、上着を脱いで腕捲りをした水瀬先輩。
 周りの女の子みんな目がハートですよ、水瀬さん……。
「どーも。そうだ、だからさ、イチャイチャするならサキに見つからないようにやれよ。今日あいつそわそわしてて何するかわかんねぇ」
「まぁ、別にそういう訳じゃありませんから。それじゃ、お疲れ様でした」
 孝篤君に手を引かれて、足早に教室を後にする。
「ご飯、食べてないよね?」
「うん。でも、隼先輩のお弁当あるの」
 今日もちゃんとみんなの分作ってくれたから。
「孝篤君も一緒に食べたい?」
 いつも先輩と食べてるから、たまにはこういうのもいいだろう。
「いいの?」
「もちろん!」
 言って、更衣室へ向かう。
 あ、そういえばこの時間は……。
「ダンス部の人たち着替えてるんだっけ。……私、とってくるから待っててね」
 そっと扉を開けると、一斉に視線を浴びる。
 手早く閉めて、ダンス部のみなさんの顔を伺った。
「あの、お弁当取りに来たんです」
 多分ほとんどの人に顔を知られてるから、嫌な顔をする人もいた。
 けれど、咎めてくる人はいなかったので、私はそっとお弁当を探した。
 隼先輩のおっきい風呂敷……あった。
 包みを開けると、名前の書いてある付箋のついたお弁当箱が六つ。
 今日は全員揃えないから、一人一人分けておいてくれたのだった。
 桃歌、を取って、またこっそりと部屋を出た。
「おかえり」
「ただいま……なんか、緊張しちゃった」
 何か言われたらどうしようかと思って。
 孝篤君は、穏やかに笑って言った。
「大丈夫だよ。みんな桃歌ちゃんが悪い子じゃないことくらいわかってるだろうし」
「そうかな……」
 そうだよ、と笑って、彼は私の頭をぽんと叩いた。
「あれ、孝篤に桃ちゃん」
 廊下の向こうから歩いてくるのは、梢君だった。
「忘れ物取りに来たんだけど……入れないか。後でいいや」
「あっそうだ、梢君も一緒にご飯食べようよ!」
 みんなで食べる方が楽しい。いつも大人数だから、少ないのはちょっと寂しかった。
 梢君は、私を見た後孝篤君を見て、驚いたように笑った。
「孝篤がいいなら一緒に食べたいな?」
「別に構わないよ」
 あ、あれ、孝篤君……? ちょっと怒ってマス……?
 いつもの穏やかな雰囲気がちょっと薄くなっている気がして、私は思わず身を引いた。
「はは、面白いな、二人とも。ま、せっかくだし一緒に食べさせてもらいますっ」
 そんなわけで、三人で食べる場所を探した。
 いつもの中庭は人がいっぱいだし、空いている教室もあまりない。
 廊下で食べるのはちょっと嫌だし、でもちゃんとした場所があまりなかった。
「どーしよっか」
「だね……」
 途方に暮れて、お腹も空いて、ぐったりな私たち。
「ん〜……。あ、俺のクラス、空いてるかも」
「マジで?」
 孝篤君の思いつきで彼のクラスに向かうと、映画上映の彼のクラスでは、今は教室は使っていないようだった。
 孝篤君が話をつけてくれて、中に入る。
「戻しとけばいいから、椅子も適当にしちゃっていいよ」
 並んでいた三つを少し向きを変えて、三人で座った。
「ふー。よかった、場所見つかって。あのままだったら暑さにやられて倒れてたね」
「あはは……」
 ちょっとばかし冗談にならない梢君の冗談に、二人で苦笑する。
「僕らは大して問題ないけど、大事な大事な桃ちゃんが倒れちゃったら、大変なことになっちゃう」
 少し茶目っ気のある言い方で、梢君は紳士的に心配してくれた。
「梢君と孝篤君の方が大変だよ。舞台に立てるのは二人だけだもん。私はいなくっても大丈夫だけど」
 こういうことに男も女も関係ないだろう、と私はそう思う。
 体の弱い人は男女問わず弱いし、強い人は男女問わず強い。
「桃歌ちゃんがいないとサキ先輩が踊れないっしょ」
「そうだよね」
 ……そっか、そうだった。
 あの咲哉殿下の心配をいただいちゃうと、彼自身に色々と影響しちゃうんだった。
「うーん……でも、私は結構丈夫な方だから、そんなに心配してくれなくても大丈夫だよ?」
 貧血体質も頭痛持ちもないし、風邪もあんまりひかない。夏バテにも全然折れないし、いつでも元気だ。
 運動を特別しているわけじゃないけど、元から体は丈夫だった。
「そうなんだ。でもまぁ、みんな桃ちゃんを心配したくてしてるから、甘えちゃってもいいんだよ」
「そんな……。ありがとう」
 梢君の人をなだめる技術はすごいと思う……。
 自覚してるつもりだけど、頑固者な私も、彼の前には言葉をなくす。
「そうだ。ちゃんと言いそびれたけど、お疲れ様。すっごい良かったよ」
「ありがと。桃ちゃんこそ、お疲れ様」
 梢君も、孝篤君も、運動はそんなにやらない方らしいけど、練習はずっとすごく頑張っていた。
「そうそ。桃歌ちゃんがいなかったら俺、ここまで頑張れなかったかも」
 はにかんだ顔も綺麗な孝篤君にちょっとだけ見とれてしまって、私ははっとして頷いた。
「ありがとう。……私、この部活に入って良かったなぁ」
 みんな優しくて、面白くて。やりがいもあるし、何より楽しい。
 今のところは、やめたいと思うほど辛いこともなかったし、よっぽどのことがなければやめるつもりはない。
「僕も。松岡先輩に憧れて入ったけど、部の中にはすごい人はもっといっぱいいてさ。すごい燃えた」
 夢を語る少年のようにおおらかな目で、梢君は語った。
 そう、だな。私も、それはすごく思った。
 普段はなんてことない顔をしていても、ステージの上ではこの上なく輝いて見える。
 まさに魔法とも呼べるものだ。一生懸命踊る部員に、カッコ悪い人は誰一人としていない。
「俺も、いっぱい変われたし。ステージに立つのは、やっぱり楽しいな」
 みんな、後悔なんてしてなくて良かった。
 でも、ヒップホップ部が嫌いだなんて、嫌いな人がいるか、ダンスが嫌いかのどちらかくらいだと思う。
 だって、辛いこと以上に、部員の雰囲気だけでも楽しいんだもの。


「琴、この後暇か?」
 クラスの担当を終えて、サキと一緒に飯を食べた。
 そいで、今はぐだぐだ中。
「暇だけどー?」
 先ほど自分のクラスで買ってきた――隼が作った、焼きそばを頬張りながら答える。ううむ、いつもと違うな。さすがホットプレート。
「よし、それじゃ、桃歌チャンに会いに行こう」
 桃ちーは……今の時間は確か、クラスの受付をやっているのだと思う。
「えー、俺ら邪魔じゃねぇ?」
 正直お客として行くなら営業妨害もいいとこだ。サキが黙ってても女の子いっぱいくっつけて歩くから、人が無駄にたまって廊下が混む。
 それに、仕事をしてる桃ちーをサキが邪魔しないとも限らない。
「手伝いだよ、手伝い。客引きとかやったらいいと思って」
「なぁるほど! いい案だな」
 そうそう、そのサキヤクンスマイルでついてこない女の子はなかなかいないぜ!
 もう平らげた焼きそばのパックをゴミ袋に突っ込み、外に出たサキを追いかける。
 ふー。まだ食い足りないなー。後でまたなんか食べよう。
「和真の甚平姿は見たんだけど、桃ちーはなんか着ないのかねー」
 絶対かわいいのに。夏っぽいのすごい似合うから。
「多分受付係なんだろ。あの子なら、その方が向いてるし」
「なるほどねー。ま、桃ちーが目立ちすぎるとサキも大変だしな」
 苦笑を返したサキは、自分がちょっといきすぎてることくらいわかってるんだろう。
 しょーがないさ。桃ちーは隙だらけで危なっかしいし。
 桃ちーのクラスの教室に辿り着くと、やはり彼女は受付に座っていた。
 こちらを見つけて、ビックリ顔を向けてくる。
「サキ先輩に琴先輩。どうしたんですか?」
「手伝いに来たんだ。サキと客引きしてくる!」
 返事も待たずにまた元来た廊下を引き返して、階段前に陣取る。
 既に視線をたらふくいただいているサキが、宣伝文句を口にし始めると、いいきっかけとばかりに女の子たちが話しかけ始める。
 負けてらんねぇ! 琴吹だって頑張るぜ!
「お姉さんたち、ちょっとだけ寄っていきませんか?」
「えっ、どうする?」
「行こうよっ」
 俺の顔をちらっと見てすぐ逸らした。ははん、効果ありだな。
「じゃ、案内しますよ」


「……先輩たち、連れてきすぎですよっ。もう疲れました……」
 突然にやってきて、たくさんのお客さんを引き連れて帰ってきた二人。
 その後何度もそれを繰り返されたから、もう大変だった。
 クラスの出し物で受付が追い付かないなんて……。
「ははは、大盛況でよかったじゃん」
 それもそうではあるんですけど。
 二人の名前を聞かれたり、お問い合わせも多くて大変だったんですから。
「もう一般公開終わりますから、客引きはいいですよ。座っててください」
 受付の二つ空いた席をすすめる。
「はー。今年も楽しいなぁ!」
 文化祭なんて、楽しむものだけど、確かに楽しかった。
 楽しそうにしているみんなを見ているだけでも楽しいけど、私だってマネージャーとしていつもの成果を発揮できる。
「まだ明日もあるよ。気ィ抜くのは早いぞ」
 こういう風に笑い合うサキ先輩と琴先輩を見るのも、限られてるから、明日一日を大切にしよう。
 彼らと過ごせる文化祭は、今年が終わったらあと一回なのだから。
「あっありがとうございましたー」
 最後のお客さんが出ていって、私のクラスの出し物は終わった。
 二人に片付けを手伝うと言われたけど、彼らも自分のクラスがあるので、無理やり押し返した。
 と言ったって、片付け自体そんなにやることはないし、私は残った荷物をとりに更衣室に向かった。

「お、桃ちゃん」
「みんな。どうしたの?」
 更衣室前には、一年生の部員四人が集まっていた。
「たまたま、ね。一年で乾杯しないかって言っててさ、桃歌ちゃんも来ない?」
「行く行く!」
 あまり乗り気じゃなさそうな敦史君と、お疲れモードな和真君と違って、梢君と孝篤君はまだ元気ハツラツな感じだった。
「基山、何飲むんだ」
「え?」
「買ってやるって言ってンの」
 自動販売機の前まで来て、和真君がコーラを買い、私に声をかけた。
 心なしか頬が赤い……。照れてるんだな。
「和真が珍しくポイント稼いでる」
「違ェよ! で?」
 ニコニコ顔の梢君にからかわれてむきになって、更に赤くなった和真君は、こう言うと怒られるけど、ちょっぴりかわいかった。
 彼は買ってくれた私の分を手渡して、梢君の隣に座った。
「ありがとう」
 お礼を言うと、照れ笑いで返してくれる。うん、やっぱりかわいい。
「それじゃ、文化祭一日目お疲れ様!」
 梢君の掛け声で、みんなで乾杯する。
 片付けをしている人が多いため、あまり人気がない休憩スペースは、先ほどまでの人の熱気と比べるとなんだかちょっと寂しかった。
「俺、もう行っていいか?」
 グビッと一気に飲み干した敦史君は、缶をゴミ箱に捨てて、すごく行きたそうな顔をした。
「うん。秋穂ちゃんなら、教室にいるよ」
 そう、女の子好きのチャラ男だと思っていた彼は、幼馴染みであるうちのクラスの秋穂ちゃんにゾッコンだったのだった。
 多分、頭の中は彼女のことしかないってくらい。
「すごいよね。何があったのかわかんないけど、アイツ急に吹っ切れたように葛西さんにくっつき始めて」
 梢君の話に、何故か微妙な笑みの和真君。
 そういえば、和真君は私とも、梢君や孝篤君ともよく話すようになった。照れ屋でぶっきらぼうなところはあまり変わらないけど、明るく接してくれるようになった。
「みんなは、彼女とか好きな子とかいないの?」
「……別に」
「いないなぁ」
「強いて言うなら桃歌ちゃんだけど?」
 ……皆さん、案外そういうのないんですね。
 孝篤君のは合宿のときに慣れちゃったので軽くスルーした。
「そっか。……みんな、モテそうなのに」
「そんなこと全然ないって……。ファンはできても恋愛対象にはされてない感じ」
 そっか、ファンと片想いは違うんだもんね。
 サキ先輩なんて、いっぱい告白されてるのになぁ。
「っていうか、必要性を感じない」
 照れ屋でウブな和真君は、意外とそういうことに興味ないのかぁ。
 女の子以前に好意を寄せられたら嬉しがりそうだけど。
「桃歌ちゃんがかわいすぎてみんな満足なんだよ。実際桃歌ちゃんほどかわいくて良い子そうそういないし」
「そんなこと絶対ないって! それに、私は……」
 みんなと、絶対的に平等に接することは、できない。
 サキ先輩が一番私を求めて、私が一番彼を求めているから。
「そういう意味じゃなくて。好きな子はいないし、桃歌ちゃん見てれば元気チャージできるし、必要ないんだって」
 うじうじしている私が、悩まないでいられるように、孝篤君は柔らかく笑った。
 どうして、こんなに優しくしてくれるんだろ……。
「ま、孝篤のあま〜い口説き文句は抜きにしても、桃ちゃんからエネルギーもらってるのは事実だよ」
 孝篤君の言葉を陳腐だとも言うように鼻で笑い飛ばした梢君だったけれど、ばかにしているわけじゃないのは確かだった。
 私が優しくされたって困るだけだって、多分わかってくれてるから……。
「ありがとう……でも」
「いらねェっつってんだろ。色々理由はあるにしろ、今はそーいうのみんなないってことで、いいじゃん」
 ちょっと怒ったような口調だったから、不安になって和真君を見たけど、彼は別に怒っているような表情じゃなくて……。照れたようなはにかみを浮かべて、目を逸らした。
 私は、なんだかおかしくなってしまって、声を漏らして笑った。
「なんか、ごめんね。何の気なしに振った話題で、慰められちゃった」
 みんなが、すごく気を遣ってくれてるのがわかって、嬉しかった。
 でも、こんなに真面目に心配してくれなくたって、私は大丈夫かなぁ。
「いっつも、俺らを励ましてくれんのは基山だろ。お返しってことで、いいんじゃねえ?」
 和真君の言葉に、二人もうなずく。
 そっか……。励ましに、なってたなら、よかったなあ。
 溢れた笑みを、残さず拾って笑い返してくれるみんなが好きだった。
 こんなに素敵な人ばっかりなのに、女の子が寄ってこないなんて、きっと嘘だ。
 今は、きっとヒップホップ部だけでいいって思ってくれてる、それだけのことなんだろう。



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