Blossom - Hollyhock

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「おはよ。こんな朝早く、よく起きれたね」
「起きれますよ! 子供じゃあるまいし」
 そう、今日は待ちに待った文化祭、一日目……!
 合宿後も猛練習をし、衣装を考えたり、パンフレットなんかを作ったりした。
 たくさん時間をかけてきて、一年生は初めての舞台だ。
 もちろん、私にとっても。
「基山チャンがあんまり力入れんなよ。俺らが緊張しちまう」
「そう……ですよね!」
 ガッツポーズをなぜかしてしまう自分を心の中で殴りながら、水瀬先輩と共に学校へ向かった。
 普段なら絶対に生徒の歩いていない時間帯だが、朝練のある部活や団体、クラスも多いのだろう。生徒らしき人をちらほらと見かけた。
「つーか、基山チャン、思ってた以上にそれ、カワイイね。みんな驚くぜ」
「えへへ……ありがとうございます」
 実は、今日の服装は、水瀬先輩に選んでもらったのだった。
 合宿前に誘われていた買い物に、なんだかんだ色々あって連れて行かれて、『文化祭マネジスタイル』というテーマでコーディネートしてくれた。
「まー、さっすが俺ってとこかな〜」
 水瀬先輩は顎をくいっと上げて、表情を決めた。
 こんなこと言うのって、彼くらいなものだから、正直面白い。
「ですねー」
「……棒読みが心に痛いぜ」
 めったにこういう返答をしないからか、水瀬先輩は予想以上に肩を落としてへこんでいたので、ついついにやけてしまった。
「それにしても、プロフィールブック見た? みんな写真めっちゃよく撮れてんの。基山チャンかわいいぜ〜」
「ちらっとしか見てないんですけど……そ、そうなんですかぁ」
 文化祭限定グッズ、カラー写真プロフィールブック。
 なんと200円で、部員総勢十八人のカラー写真と綿密プロフィールを掲載!
 ……という、一部の人にはおいしいであろう冊子である。
 なぜかマネジである私や久くん、草野先輩も載せられた。
 言い出しっぺは千種兄弟で、大体は朝斗先輩が作ったらしい。
「教室で撮ったとは思えないクオリティー。朝斗先輩ってカメラ上手いんねー」
「ですねー。なんだか意外」 
 いつもみたいに他愛もない話をしながらの登校。
 でも、確かに空気は、行事! って感じだった。
 うきうきとドキドキの混ざりあった不思議な感じの中で、それでもなんだか心地いい。
 水瀬先輩にあんまりバカにされないように、うきうきをちょっと隠して歩くけど、鼻歌がこぼれてしまう。
 笑い声を漏らした水瀬先輩を見上げると、彼は普通の笑顔を浮かべていた。……貼り付けていない、自然な笑顔。
「ふふ」
「なんだ?」
 最初に会ったときよりも、ずいぶん変わってしまったな。それは、もちろん、私も、彼も。
 含み笑いをした私にきょとんとした顔を向けた彼に、私は再度笑いかけた。
「なーんでもないですよっ」
 月日の流れは、たくさんの物事を変える。

「桃ちゃんにターッチ!」
 自転車で通りすぎて行った久くんが、ちょうど私の頭をぽんと叩いて行った。
「あはは、おはようございます!」
 軽やかに自転車を下りて、私たちを振り返った久くんは、満足げに笑った。
「おっはよ。ミナも」
「おはようございますー」
 校門前でゲートの準備をしている女の子たちの歓声に応えながら、久くんは足早に自転車を駐輪場に停めに行った。
「きゃー! こっちは水瀬くんと桃歌ちゃん!」
 なぜか私までセットで注目を浴びてしまって、投げキッスなんてしてる水瀬先輩の横で苦笑いをするしかなかった。
 小走りで駐輪場から出てきた久くんと共に、校舎に入る。
 他の団体と相談して、朝練では、体育館は使えなかったが、そこそこに広い中庭を使うことになった。
「おはようございます!」
 既に来てストレッチをしていた和真君や先輩に挨拶をする。
「ん、おはよー」
 早く来てもボーッとしている先輩もいる中、和真君は真面目にストレッチをしている。
 さすがだなぁ……と思ってその様子を見ていたら、ふと顔を上げたときに目が合ってしまって、彼はふいっと顔を背けた。
 ……もう、いつも通りなんだから。
「桃歌チャン、おはよう」
 背後からしたのはサキ先輩の声で、私はぱっと振り返った。
「サキ先輩! おはようございます」
 ついつい笑顔になる。朝練のうちはいつもと変わらないジャージだけど、あの衣装を着た彼を思い出すと、今からわくわくした。
「わ、桃歌チャン、すごいカワイイ。それ、水瀬が?」
 ちょっとだけ照れたように笑って言ってくれたサキ先輩が嬉しくて、私は笑みを漏らした。
「ありがとうございます。そうなんです」
「さすが俺だろ?」
 サキ先輩は、胸を張った水瀬先輩をちらっと見て、それから私に視線を戻して数秒考えた。
「……まぁ、桃歌チャンは元からカワイイからな」
 悔しいのか、少し口を尖らせて言うサキ先輩がおかしかった。
「あ、先輩たちもおはようございます」
「おはよう」
「おっはよ〜」
 サキ先輩について出てきた隼先輩と琴先輩。
 隼先輩は今日もお弁当を作ってくれたのでさすがに大荷物で、琴先輩が一部を持っていた。
「チビ、アレ、どうする?」
「あ、えっと、朝練の後ででいいです」
 そう、私からの――私と隼先輩からのサプライズがあるのだ。と言っても、彼には手伝ってもらっちゃったっていう意味なんだけど。
「了解」
 そう言って荷物を置きに行った。
 見ると、既に朝練の始まる時間になろうとしていたので、私も荷物を手頃な場所に置いて、準備を始めた。

「わ、お揃いかぁ。粋なことすんねぇ」
「えへ、そうなんです」
 紙袋をそれぞれ覗いて、それぞれの反応をする。
 私からのサプライズ。それは、お揃いのチェックのアクセサリー。
 元々、本番じゃないときの出歩いている格好を考えていて、みんなで目印となるようなものをつけたら面白いんじゃないかと思ったのが始まりだった。
 サキ先輩にはネクタイ、水瀬先輩には腰布、千種兄弟にはバンダナ、といったように、それぞれ似合いそうなものをチョイスした。
「今日の服装に合わなかったらとも思ったが……大丈夫そうだな」
 ジャージから着替えを済ませた部員は、さっそくつけてくれる。
 にやにやしながら見ていたら、隼先輩に手招きされた。
「急いでなければ、髪セットしようか?」
「えっ、い、いいんですかっ!?」
 本当にお母さん……お、お父さんのような笑顔で、彼は頷いた。
 不覚にも、そのいつもとのギャップ満載な表情にドキドキしてしまったり。
「はい、じゃ座れ。一回ほどくぞ」
 そのあとは、隼先輩になされるがまま。
 数人の部員ににやけ顔で見られているのが恥ずかしかったけど、私は我慢した。
 彼の手つきはすごく丁寧で、すごく……そう、言葉で言うならプロみたいだった。
 結んでくれたのは最初と同じポニーテールだけど、絶妙にまとめてくれて、私も心が踊った。
「はい、終わり」
 最後に、部員お揃いのチェックのリボンをつけてくれた。
「わぁ、ありがとうございます!」
 お礼を言うと、隼先輩は目を細めて笑った。
 なんだか、今日はご機嫌だな。
「もうすぐ点呼だから行った方がいいんじゃねーの」
「うん!」
 同じクラスの和真君と、クラスの集合場所へ向かった。
 初めての文化祭、始まります。

   朝一はクラスの受付、なんだけども……。
 縁日をやっている私のクラス、まーたっく人が来ない。
 朝から暇な生徒がふざけてちらほら来る程度。
「なぁんかしけてんね」
 せっかく甚平を着た和真君がいるっていうのに、女の子の一人も来ないとは……。
「そうだ! 和真君、宣伝行こうよ!」
 きっと連れて歩けば何人か釣れる!
「え、まぁいいけど……。ちょっ」
 遠慮がちな彼の手をとって歩き出した。まずは人のいる階段付近!
「1C縁日やってます! 楽しいですよっ」
 精一杯の大声をかけると、何人かが振り返って、私たちに注目する。
「すぐそこでやってますんで、来ませんか?」
 積極的に女の子に話しかける和真君だったが、ことごとく振られまくっていた。
 甚平和真君かわいいのに……っ!
「基山ぁ、やっぱ無理だって……」
「いやいや! きっといけるって!」
 早くもへばり始めた和真君をなだめて、私は切り札を一枚引いた。
「この子、男子ヒップホップ部の一年エースなんですよ! 彼のこんな格好見られるのは今だけですよっ!」
 和真君が驚き半分、呆れ半分、あと照れを少しで私を見た。
 しかし、これに反応した人は少しいて……。
「えっ! ここのヒップホップ部ってかっこいい人いっぱいいるんですよね!? わぁ、すごーい!」
 そ、そんな有名なものだとは知らなかった……。けど、和真君を好奇の目で見る女の子が増えた。
 今がチャンスだっ!
「和真君、ほら」
 半分放心していた彼を小突いて、宣伝させる。
 今まで食いつかなかった女の子たちが食いつくようになって、多分これでちょっとはお客さんも増えたはず。
「やったね!」
「あぁ、うん……」
 なんだか微妙な表情で和真君は頷いた。
 引き続き宣伝をして、なんとか担当時間中の暇を潰したのだった。
「和真君、甚平似合ってるのに、惜しいなぁ」
 脱いでしまおうとしている彼にそう言うと、和真君は動きを止めて着直した。
「…………」
 あの仏頂面で数秒固まったと思うと、ふいと顔を背けて言った。
「……写真でも、撮れば」
 頬を赤く染めて、ちょっと照れたような和真君に、思わず笑みがこぼれた。
「いいのっ?」
 頷いて、顔をこちらに戻してくれる。でも、仏頂面じゃなぁ。
「和真君、笑って笑って」
「んなこと言われたって」
 より一層眉を寄せて困った彼に、私はあることを思いついた。
「あのね、サキ先輩が和真君のダンス褒めてたよっ」
「え、マジ?」
 その笑った瞬間を撮った。
 嬉しそうな顔をする和真君が一番素敵だ。
「本当。……じゃ、ありがとう!」
 自分で撮った写真を見てにやける。
 こりゃあ、一年後にプレミアつくぞぉ……。

「ねえ君、一人で回ってんの?」
「えっ?」
 時間が少し空いていたからサキ先輩に会いに行こうと、のんびり歩いていたら、知らない男の子二人に声をかけられた。
「アイスおごるから一緒に回らない?」
「えっと、あの……」
 アイスは食べたい、けど今からサキ先輩と一緒に行きたいなぁ……。
 二人の笑顔に気圧されて、断れなくてあたふたしていると、すっと肩を抱かれた。
「なーに桃歌、ナンパされてんの。コイツは俺の彼女だから、残念でした」
「なんだ、そうなのかー。じゃあねー」
 去って行った二人の背中を見送る間、私は硬直したままだった。
 だって……。
「葉山クンえらーい。目の敵の彼女助けてあげちゃった。……ま、つまんねぇ男につまんねぇことされても面白くないわなぁ」
 まだ肩を抱いて、いや、さっきよりも密着してくるのは、葉山先輩だったんだもの……。
「は、葉山先輩、離してください」
 と言うよりか、離れてください。
 きつく拘束されているわけじゃないけど、彼独特の威圧感が私を抵抗させてくれなかった。
「お礼はないわけ? も・も・か」
 そう言って顔を近づけてきたから、私は思わず顔を背けた。
「ひっでぇ。この葉山クンが言ってンのにそんな嫌な顔するとはね。一難去ってまた一難……とか嫌でしょ?」
 意味深にそんなことを言いながら腕を回してきたので、私はやっと強引に彼の身体から離れた。
「あ、ありがとうございますっ」
 慌てておじぎをすると、葉山先輩はうすら笑いのまま頷いた。
「それが一番最初。礼儀のない子は好きじゃないねぇ」
「す、すみません……」
 でも、葉山先輩があんなことしてきたから……なんて言えなかった。
 サキ先輩と同じくらいの身長だけど、上からの圧力は彼の方が数十倍もあった。
「それより、ナンパされ慣れてないだろ」
「そ、そりゃあ、そうですよぉ」
 元々ナンパされるほど魅力的じゃありませんし……。
 そう思って縮こまると、葉山先輩が笑った。
「お前もそろそろ自覚しろ。世間一般の目を引く容貌をしてる。ちょっとでも着飾ったら簡単に目つけられるぞ」
「はぁ……」
 でも、ナンパされたのなんてこれが初めてですもん。
 そもそも、手頃だったから声をかけられたような雰囲気だったし。
「ナンパの回避方法教えてやるから」
 真面目な顔で先輩が教えてくれたのは、簡単な会話だった。
「先輩、そんなのどこで……」
「付き合った女がナンパされてンの見てたら覚えるよ」
 さっすが……という感嘆の溜め息を漏らすしかなかった。
 しかし、葉山先輩はすぐに怪しい笑みを取り戻して、手を振って去っていった。
 ……あーあ、ナンパされたってサキ先輩にバレたら大変だなぁ。

 余裕があったら桃歌チャンが来ると言っていたけど、なかなか来ない。
 更衣室兼待機室は、今はダンス部も着替えていないし、ヒップホップ部の溜まり場になっていた。
「俺直接会いに行ってくる」
 ちょっと心配になった俺は、部屋を出て彼女のクラスの教室まで向かった。
 大分人も増えてきたなぁ。生徒以外の学生らしき人もたくさんいる。
 みんなこちらを振り返ったりしてくるけど、あんまり気にしない。
 ……一応、慣れてるから。
「あ、あのっ」
 そう思っていた矢先に、女の子三人組に引き留められた。
「はい?」
「あの、もしよかったら、お話しませんか……っ?」
 緊張した様子の彼女に、営業スマイルを投げかける。
「ごめんなさい。彼女と待ち合わせしてるんです。……でも」
 咄嗟にポケットから紙切れを取り出して渡す。桃歌チャンが作ってくれたヒップホップ部のチラシだ。
「僕も出るんです。この後なんで、よかったら来てください」
「……はいっ!」
 よし! 宣伝成功♪
 今は桃歌チャンに会いたいから、サービスはあんまりしてる余裕がない。
 ナンパされたりしてないかなぁ……。今日の彼女、すごいカワイイし。

「あれっサキ先輩」
 待機室に向かって歩いていたら、向こうからサキ先輩が歩いて来るのが見えて、声をかけたら……。
「桃歌チャン!」
 全力ダッシュで向かってきたから、危うく避けそうになったが、我慢して立っていたら思い切り抱きつかれた。
 そのあまりにも大きい勢いに後ろに倒れそうになると、しっかり抱きとめてくれた。
「わわっ、なんですか……っ?」
 この辺りは出し物に使われていない教室ばかりで人がほとんど通らないからいいものの、人前でいきなり抱きつかれたら正直困る。
 頭の後ろに手を回して、胸にくっつける格好でしばらく彼は離してくれなかった。
「ごめん、ちょっと心配で」
 そう言って身体を離して、私を見下ろしへな、と笑った。
「大丈夫ですよ! 校内なんだし……」
 ナンパと葉山先輩のことは黙っておこう。サキ先輩は本気だ……。
「生徒が一番怖いだろ」
 真顔でそんなことを言うから怖くなっちゃいますって。
 でもやっぱり心配しすぎな気が……。
「先輩っ。アイス食べに行きましょう!」
 さほど動いていないけど、まだ気温の高い九月、先ほど話題に出たこともあってアイスが食べたかった。
「うん」
 頷いた彼の右手をとって引いた。
 思えば、私も大胆になれるようになったなぁ。
 サキ先輩と話すだけでも大変だったのに、こうするのも自分からできるようになった。
 進歩……なんだろうか。

「失礼しまー……わっ」
 慎重に開けて何かやばかったら閉めようと思ったら、向こうから勢いよく開けられた。
「あ、桃歌チャン、ごめん」
 また見てしまった……部員の、上半身。
 何でもないように、とりあえず謝ったという感じの敦史君は、そのままどこかへ行ってしまった。
 あの格好で歩いてて大丈夫なのかな……。
「桃ちー、なんか用かー? みんな着替えるからできればお早めにどーぞ」
 ひょこっと顔を出した琴先輩に、ぽかんとしていた私は現実に戻された。
「あ、えっと、セッティングに行くんですけど、何かあったら私に連絡するように伝えておいてください。お願いします」
「了解!」
 これからヒップホップ部の第一回公演。
 私たちマネージャーは受付でしか表に出ないけど、とにかく何かないか心配になる。
 音響や照明はほとんど実行委員がやってくれるので、私たちは衣装チェンジの手伝いや委員の人への指示だしをする。
 練習でも、誰も転んだり倒れたりみたいな危ういことはしたことはないが、やっぱり不安になる。
 ……でも、みんなを信じるしかないよね。
 誰もいないのをいいことに一人ガッツポーズをとった私は、スキップで体育館に向かった。

「はい! ありがとうございまーす」
 ……どうしよう、プロフィールブックが売れてる。
 女の子はほとんど漏れなく買って行くし、男の子も何故か買ってる人がいる。
「わぁ! 久くん! 握手してー!」
 握手やらせがまれる久くんはちゃーんと笑顔で握手して、サービス精神旺盛だ。
 っていうか、久くんを知ってる人多くないですか。
 私は実のところ部員と紗奈以外にあんまり話す同級生がいないから、そういう事情に詳しくないのだけど、生徒は学年問わず、また校外の人もたくさん久くんに話しかけていた。
「あ、さっきの」
 先ほどナンパしてきた男の子が、受付を流れてきた。
「さっきの、君の彼氏なんて名前? かっこいいなと思って」
「は、葉山 悠輔です。あの……」
 彼氏じゃないんです、けど……。
 礼を言って中に入っちゃったから、説明する余裕がなかった。
「桃ちゃん、なんかあったの」
「えぇ、まぁ……」
 葉山先輩の彼女だと勘違いされると色々面倒なんですってば……。
 これがサキ先輩に伝わっちゃったら……ううう、めんどくさい。
 それにしても、なんでヒップホップ部だってわかっちゃったんだろう?
 と思って、ふと久くんを見て気づいた。
 バンダナ……。そっか、葉山先輩もしてたっけ。
 部員もあちこちうろついてたはずだし、それなりに話題になってるかもしれない。
 効果、ありかな?
「そろそろ始めるから、しばらく頼む」
「はい!」
 途中入場はご自由に、という感じで、受付は通さないことになっているが、二人は開演の準備に行って、私は開演まで受付担当。
 どきどきして震える手を握りしめて、気合いを入れた。
 上手く行きますように!

 ステージの上に人影が踊る。
 先輩たちの配慮で、私はよく見える位置で、音響の手伝いをしていた。と言っても、ほとんどやることはないから、ステージに見とれている。
 余裕の表情の葉山先輩。彼の荒々しくも繊細な動きは、男らしくてすごくかっこいい。朝斗先輩の部内一番の爽やかさも好きだ。
 三年生の出番が終わって、一年生に変わる。 退場のときには、たくさんの歓声。名前の掛け声や、黄色い泣き声。 そして、一年生は初舞台だから、客席は沈黙。しかし――。
 すぐに、ざわついた。
 和真君が、動き始めた。帽子を深くかぶって、顔を見せずにステップを踏む。しばらく一人で踊った後、帽子を脱いで脇に投げた。
 そして和真君が顔をあげたとき、黄色い歓声が起こった。
 なかなかいい感じかも。和真君のダンスはかっこいいもの。
 四人が一斉に踊り出して、お客さんが沸き上がった。
 よかった、孝篤君もちょっと余裕を持ててる。
 目立ったミスもなく終わった一年生に、暖かい拍手が起こった。
 そして、ほとんどの人が予期している、次の舞台に、ざわめく会場。シルエットが現れただけで、歓声が沸いた。
 それぞれの名前を叫ぶ声が様々なところから聞こえてくる。
 ドキドキする……。人を興奮させるこの、予感。それだけの溢れ出るオーラがある四人。
 やっぱり、練習ともリハーサルとも違う。照明や衣装、音響……そして、お客さん。
 それでも、四人はいつもよりもずっと素敵に見えたから、すごい。
 あっという間に、最後の組。
 葉山先輩、サキ先輩、和真君の三人が並び、また歓声が沸き起こる。
 特に上手い三人のダンスは、それぞれの個性がすごく出ていた。
 サキ先輩は完璧で抜け目がなくて、丁寧な動き。和真君は自分を魅せるのがすごく上手い。普段から想像もできないくらい表情も豊かだった。
 その違いがスパイスになるくらい、三人は舞台を作るのが上手だった。
 見とれているお客さんを見て、安心する。
 ……やっぱり、このために私はいるんだもんね。
 客席の熱気は、みんなに届いたかな。

「ありがとうございました!」
 先に袖に下がっていた部員の一部と共に、受付に戻って、アンケート回収。
 ……実は、軽い人気投票も入っていたりする。
「ありがとうございましたっ!」
「キャー! 咲哉君ー!」
 急いで出てきたサキ先輩に、周りの女の子たちが沸き上がった。
 困った顔で私をちらっと見た後、彼女たちに笑みを向ける。
 サービススマイルくらい見分けられますから、安心してくださーい。
 そんな風にちょっとだけ胸を張りながら私も私で笑顔を振り撒いていると、急に肩を叩かれた。
「……梓!」
 驚いて振り返ると、そこには中学時代の友達がいた。
 クラシックギター部の……ね。
「桃歌、久しぶり。ビックリしたなー、こんなイケメン揃いの中であんたがやっていけるのね」
 文化祭について、メールで聞かれていて、来るとは言われたけど……。実はさっぱり忘れていた。
「う、うん。なんとか」
 手は動かしつつ、彼女の返事をする。
「ふーん……。っていうか、彼氏って誰なの?」
「え、ええ!?」
 い、いついるって言いましたっけ!?
 そんな話までした覚えはなくて、私は驚いて受付を放棄して梓を向いた。
「な、なんで知ってるの……?」
「なんでって書いてあるし。隠すなんてひどいなぁ」
 にやけ顔で彼女が示したのは、プロフィールブック。
 ……ま、まさかそんなことまで書いてあるなんて……。
 信じがたかったけど、実際に見ると書いてあって、力が抜けた。
「んと……隠してるつもりはなかったんだけどね、こっちでもちょっと複雑で、あんまり公にしたくなくって」
 サキ先輩のファンがちょっとだけ怖いのもある。ただのマネージャーで仲良いだけなら許してもらえてても、それより踏み込んだらどうなるか。
「へーえ。ね、後で話そ。ってか紹介してよ。あっちで座ってるからさ」
「うん、片付けとかあるから時間かかるけどいい?」
 全然へーき、と手をひらひら振って彼女は向こうへ行った。
 それにしても……まさかあの冊子にそんなことまで書いてあるなんて。
 千種兄弟の思いつきは恐るべし。
 もしかしてサキ先輩のにも書いてあったら……。
 ……考えるのはやめよう。なんだか怖い。
 ほとんどお客さんも会場から出て行って、そろそろ受付も暇になってきた。
「お疲れ様。片付け行くか」
 草野先輩についていって、ちょっとだけある部の持ち物を回収する。
 委員の人にお礼を言って、CDやら受け取り、受付に戻った。
「さっきの子、友達ー?」
「あ、はい。中学のです」
 見ていたのか、琴先輩が聞いてきた。
「なるほどー。なんか、桃ちーが女の子と話してるの見たの初めてかも」
「クラスに特別仲良い子もいないですしね……」
 人見知りと、この特殊な環境のせいで友達と言える友達があまりいないのが現状だった……。
「桃ちーギャルギャルしてるのだめそーだもんね」
「あはは、そうですね」
 そっか。大丈夫ならそういう友達ってすぐできるもんね。
「じゃ、着替えて解散な〜」
 葉山先輩の声でぱらぱらと部員が更衣室に向かった。
「あ、サキせんぱーい」
「ん?」
 その中に混ざっていたサキ先輩を呼び止めると、間違いなく立ち止まって引き返してくれた。
「お疲れ様でした。……あの、中学の友達が紹介してほしいって言うんですけど……」
「え、いいよ」
 あっさりオーケーしたサキ先輩を連れて、梓の元へ向かう。
「お疲れー。……ってまさか……」
 携帯をいじって待ちくたびれていた彼女は、私の後ろに立つサキ先輩を見て、言葉をなくした。
「桃歌チャンの彼氏の松岡 咲哉です。よろしくね」
 営業スマイルとはちょっと違った笑みを見せたサキ先輩と私を交互に見て、梓は噴き出した。
「どうも、矢島 梓(やしま あずさ)です。……ビックリしたぁ。部員だとは思ったけどまさか、桃歌がこんなイケメンを引っかけてるなんて」
 そう言って目をぱちくりさせながら笑った。
「引っかけてるって……」
 苦笑するしかない……。
「この子、面白いですよね。男の子苦手だったんですが、大丈夫なんですか?」
「うん、すごく面白い。……大丈夫だよね?」
 梓は私と違って人見知りなんて全然しないし、怖いもの知らずだ。
「えっと、はい……」
 あなたのせいでほとんど克服できちゃいましたよ。
「でも結構鈍感な桃歌がよく彼氏なんて」
「う、うん」
 サキ先輩は、だって、いっぱい愛情表現してくるから、気がつかないということはなかった。ただ、逃げていただけで……。
「でも、マネージャーとしてもすごく頑張ってて、部員はみんな桃歌チャンが好きなんだよ」
 穏やかに目を細めて笑ったサキ先輩に、少しやられた、って顔の梓。
 サキヤクンスマイルは強いからね……。
「そっか。無事楽しくやってるようで安心した。彼氏なんて作るとは思ってなかったけど、全然いい人みたいだし、手放すなよぉ?」
「うん!」
 勢いよく答えた私に、梓もサキ先輩も笑い出した。
 サキ先輩がずーっと好きなのはきっと変わらないもん。彼も好きでいてくれるから。
「それじゃ、またね」
「うん、バイバイ」
 荷物を持って去った彼女の背中を見て、色々と思い出す。
 梓は強引だけどすっごく私を心配してくれる。
 時々すごくかわいいのも、私は好きだった。
「良い友達がいるんだね」
「そうですね」
 人と接するのが苦手な私にとって、梓の存在は大きくて、卒業のときはいっぱい泣いた。
 でも、会いたい! ってずっと言ってくれて、こうして文化祭にも来てくれた。
 今は、寂しくないけれど、きっと先輩たちもいなかったら、私はすごく孤独だっただろう。
「行きましょっか」
 サキ先輩と手を繋いで、歩く廊下がこんなに華々しいなんて。知ることはなかった。彼が私に声をかけてくれなければ。



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