Just a Moment -Florally- side ep.5

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「先輩、こんなところで寝ないでください。置いていっちゃいますよ」
「浩佑って呼べって言っただろ……」
「私にとってはいつまでも先輩ですよ。……浩佑先輩」
くす、と笑うその仕草は、何だか新鮮だった。
帰りに、カフェに誘った。
いつもそんなことしないから、結構恥ずかしかったのだが、香乃子にはバレている。
あの日、あの後香乃子と話をした。
彼女の母親にも会った。
心配だっただけのようで、潔く認めてくれた。
それから、図書館でまた毎日しゃべっていたりする。
何だかどこからか噂が広まったようで、見物みたいなヤツがちょこちょこ来るが、気にしない。
大丈夫だ、俺の前で何かしようものなら、全部片付けてやる。
スポーツも格闘技も経験ないが、力には自信がある。
それに、よほどの不良でもなければ、俺と対峙しようと思うやつなんてそうそういない。
「ケーキ、食えよ」
目の前の派手すぎる菓子を指差す。
こういうのは嫌いという訳じゃないけど、「甘いものに目がない」みたいな女の子の感覚はさっぱりわからない。
とりあえず香乃子がその例に洩れていないことを願ったが、大丈夫だったようだ。
「うーん……綺麗すぎて、食べるの勿体無いんです。スケッチでもしようかな、っていうのは冗談ですけど」
わざわざ鉛筆とスケッチブックまで取り出してそんなことを言う香乃子が、本当にかわいいと思った。
「……一口目、先輩が食べてください」
やっぱり何だか億劫なのか、そう頼んできた。
どこから手をつければ……。
フォークを持ったものの、そう思ってケーキを睨んでいると、香乃子が言った。
「浩佑先輩、顔が怖いです。……どこからでもどうぞ」
そう言われたので、表情を緩めようと努力した後、無難に扇形の細長い方にフォークを刺した。
「あっ」
「……あ」
上に乗っていたイチゴやらラズベリーなどの果実、また、綺麗に飾られたクリームなどが上手い具合にぼろぼろと落ちた。
「やっちまった……すまん」
「いえ、別にいいですよ。あのままだったら、気にして食べられませんよ」
香乃子はくすくすと笑ったが、少し残念そうだった。
一口を口に入れて、口に広がる甘さに違和感を覚えたが、それでもその甘さは心地よかった。
フォークと皿を香乃子に差し出そうとして、ふと思いとどまる。
「…………」
もう一本、もらって来ないと……。
香乃子が気づいたのか、慌てて止めた。
「あ、大丈夫ですよっ! ……あの、そのままで」
こんなこと、気にする方がおかしいのか、気にしない方がおかしいのかわからない。
自分自身はどうでもいいから、香乃子の心配をしたのだけど……。
香乃子は、少し頬を染めていた。
気には……してるんだな。
ついつい笑みをこぼしながらフォークを渡すと、香乃子も笑った。
「先輩の笑顔、かわいいです」
そんなこと言われてもなあ。
満更でもない自分に少し嫌気も差したが。
「香乃子、香乃子」
「……何ですか?」
おいしそうにケーキを少しずつ、少しずつ食べる香乃子。
「……ライブ、来てくれるよな」
「勿論ですよ」
問を待たずに返された返事が、嬉しかった。
彼女が自身に描いてくれた花は、「憧れ」を花言葉としていたらしい。
どこまでも、尊敬されて悪い気はまったくしなかった。

香乃子は、自然に花の香りをまとっていると、そう感じた。



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