Just a Moment - ep.0
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梅雨も明けたというのに、土砂降りの雨が降る日。
私はその日、たまたま傘を忘れてしまい、雨に濡れながら駅まで駆けた。
家から駅までは、さほど遠くないというのに、制服のYシャツは肌にべっとりと張り付き、セミロングの髪も水浸しになってしまった。
そのままでいる訳にもいかないので、私は駅のトイレに行き、タオルで髪や服の水分を拭き取った。
しかし、タオルで拭ったとしても、水は完全には乾かない。
ただでさえ蒸し暑いのに、濡れたシャツが肌に纏わりつく感触が気持ち悪い。
……最悪だ。
無事駅に辿りつけたのはいいけれど、学校に着くまでの間に、また駅から歩かなければならない。
誰か友達にでも会えたらいいんだけど。
そんなことを考えながら、電車に乗り込む。
夏休みだからか、いつもは少し混んでいる電車の中も、人が少ない。
あまり代わり映えしない電車の広告をぼーっと眺める。
特に文字を読んでいたりする訳ではないが、そのくらいしか電車の中ではやることがなかった。
そんなことをしているうちに、降りる駅に着いた。
これから学校までの道のりのことを考えると、もうどうすればいいのかわからなくなってくる。
とにかく、私は改札を出て、道を走った。
駅から歩いて20分。
途中は住宅地で雨宿りできるところもない。
道行くお年寄りに同情の眼差しで見られていても、気にせず走った。
水溜りもたくさん蹴飛ばして、既にローファーの中は水浸しだった。
そんな時。
なかなか変わらない信号を、運悪く渡り損ねてしまった私は、雨の中立ち止まるしかなかった。
髪も服も、水を含んで重い。
ずっと走っていたから、息は上がって、限界も近い。
ふと、目に黒いズボンが映った。
見慣れたその色は、多分同じ高校のものだと思い、私は顔を上げた。
そこには、背の高い男子生徒が立っていた。
思ったとおり、同じ高校の生徒のようだった。
しかし、その顔を見て、驚いた。
こんな人、ホントにいるんだって、思った。
そのくらい、とても整った顔をしていた。
その人は、急に私の方を向いたので、必然的に目が合ってしまった。
反射的に目をそらす。
心なしか、心臓の鼓動が速まっている気がする。
まさかそんな、そう思って私はとにかく信号を凝視した。
早く変わって!
そんなことを念じていたら、頭上から声が降ってきた。
「傘、なくて大丈夫?」
私ははっとして声の主を見る。
忘れていたけど、私は今ずぶ濡れだった。
その人は、折り畳み傘を私に差し出して、言った。
「学校まで貸すよ」
私は困惑しつつその人を見上げ、小さく礼をして受け取った。
その時、私の手はとても震えていた。
学校まで、一言も話さなかった。
けれど、その声が頭から離れなかった。
ああ、どうしよう、私――
恋をしてしまったかもしれない。
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