Blossom - X'mas 2011 プロローグ

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 気温はかなり低くなり、日も短くなって、街のいたるところではクリスマスソングが流れている。
 色々あった今年も終わりに近づき、そして、多くの人が楽しむ日が目前に迫りつつある。それは……クリスマス!
 毎年、一人だから寂しい、なんてことはなくて、友達とか家族と一緒に過ごしているから、私にとって一緒にいるべき人ができた今年が特別というワケでもないけれど……。やっぱり、期待はしてしまう。
 お母さんたちや水瀬先輩とかに茶化され始めたけれど、私はなんだか聞けないでいた。サキ先輩の予定、なんて。
「早く予約とっとかないと、彼女だからって一緒にいられないかもしれないぜ?」
「そ、それはないっ……! と、信じますっ」
 冗談だってわかってるけれど、彼と過ごしたいと思っている人が少なくないのは事実だろう。
「ま、そのときはフリーの水瀬クンが拾ってやるぜ、子猫ちゃん」
 私は一層キザ度に磨きのかかっていた水瀬先輩のからかいの全てを受け流すことができなかった。
 不安に思っているのも、また事実だから。
 先輩たちとの会話を思い出して、ベッドの上で一人うなだれる。
 でも、いまだに何も言ってくれないサキ先輩のことを一人で心配しまくっていても仕方がなくて、私は彼に早く聞くべきだと思った。
 うじうじとケータイを開けたり閉めたりを繰り返してためらっていると、ちょうど手の中のそれが着信を告げた。
「も、もしもし?」
 タイミングが良いのか悪いのか、サキ先輩からの電話に焦って声がかなり上ずってしまう。
「もしもし、咲哉だけど……。桃歌チャン、ゴメンっ!」
 申し訳なさそうに始めたサキ先輩は、存外に明るい方に深刻そうに謝罪の言葉を述べた。
「え、えっと、はい?」
「その……クリスマスの日、予定空けといたんだけど……。姉さんたちに手伝えって捕まえられちゃって。売り込み落ち着くまで、抜けられそうになくて」
 半分くらい実現してしまった水瀬先輩の言葉に、私は呆然としてしまった。
 そ、それじゃあ私は――。
「本当にゴメン。言い訳のしようもない。でも、なるべく早く抜けられるように頑張るから。夕方くらいからは、ずっと一緒にいような?」
 無言の私の絶望を読み取ったのか、サキ先輩は優しい口調でなだめるようにそう告げた。
 サキ先輩は全然悪くなくて、だって家の事情だから……。でも、少なからず期待をしてしまっていた私は、やっぱりへこんでしまっていた。
「ごめんな。最初に直接謝れないのも……。その代わり、終わったら、たくさん楽しませるから!」
「わ……かりま、した。仕方ないですからっ」
 でも、だって……という不満と、サキ先輩も辛いはず、という苦心の中の諦めがせめぎ合って、素直な言葉が口から出なかった。
 お決まりの言い回しで電話を切って、私はベッドに倒れこんだ。
 今まで、何があったって彼は私を優先してくれていたように思うから、こんなことがあるなんて、思ってもいなかったんだろう。
 温かくもない布団を抱きかかえても、空しくなるだけで。

「えぇー!? サキひっでぇ。っていうかなんていうか、えぇー?」
 珍しく、琴先輩だけが駅にいたので、久々に琴先輩と二人で登校することになった。早速あんまり元気がないことを目ざとく指摘されて、昨日のことを彼に話すと、私が外に出せなかったような純粋な感想を吐き出してくれた。
「隼とかから手ェ回してもらえないのかな? サキの代わりに店手伝うとかさー」
「どうなんでしょう。サキ先輩がまだそんなことも考えてないとは思えませんけど……」
 あの頑固な彼が、何も考えずに、何もしようともせずに、自分のしたいことと反することをするとは思えなかった。
 ――なんてことも、私が自分の都合の良いように考えてるだけかもれしなかったけれど。
「……でも。したら俺、桃ちーとデートしたいな! 寂しいからとかじゃなくてさぁ、サキって鬼がいないうちにっ」
「はいはい、桃歌チャンはみんなのマネだ、みんなの桃歌チャンだ。独り占めしていーのは松岡だけっしょ」
 嬉しそうにはにかんだ琴先輩を後ろから突き押して顔を出した朝斗先輩は、よ、と手を挙げて琴先輩と私の間に割り込んだ。
 そしてそのまま私の方を向いたまま、案の定口を尖らせて、「いーじゃんかよー」と不満そうな琴先輩の肩を、彼は子供をなだめるように叩いた。
「話は大体聞いてた。でも、それ言ったら俺も桃歌チャンとデートしたいぜ? 部員のみんなに言ったら、桃歌チャン争奪戦が勃発するだろうなァ」
「……はぁ」
 本人抜きで進められていく話を止めることができなくて、私は困り果ててしまった。
 サキ先輩とじゃなかったら、誰とクリスマスを過ごしたいんだろう……?
 確かに私は部員みんなに平等じゃなくちゃいけなくて、サキ先輩――彼氏、という特別な立場以外で、特別に一人を選ぶなんて……。
「サキ先輩は許してくれるんでしょうか?」
「アイツが納得するくらい桃歌チャンを楽しませればいいんだろ?」
「俺、それなら自信あるよ!」
 瓜二つの千種兄弟に完璧な笑顔を向けられて、言葉に詰まる。
「そ、その話は、また後でしましょっ!?」
 挙句の果て、苦笑いで誤魔化して、私は二人を振り切るように先を歩いた。

 あんなことは言っても、どうしても腑に落ちなかったのか、休み時間に琴先輩に呼ばれて、隼先輩の下へとこっそり訪れた。もちろん、サキ先輩には見つからないように。
「あぁ……。クリスマスは花束を売り込むらしいな。サキの集客力は半端じゃないし、アイツ目当てで来る客も多い」
 廊下の端に呼び出してもらった隼先輩は、いつものように落ち着いた黒い瞳を私に向けてそう言った。
「隼がなんとかできないのかー?」
「残念ながら、松岡の姉さんたちは笹神の人には花屋の仕事は任せてはくれないな」
 それは、彼女たちなりのケジメなのだろう。詳しいことは知らないと言えど、サキ先輩と隼先輩の家に色々とあることは察しがついていた。
 そんなことを捻じ曲げるなんて、私に権利のあることじゃない。
「あのサキが折れてるんだ、桃歌もわかってるだろ? 割とどうしようもないことだ。それに、アイツも辛いさ。姉さんたちの手伝いもしなくてはならないが、お前ともいたいだろう」
「はい……」
「桃ちー、元気出してくれよぉ」
 心配そうにしてくれる琴先輩に笑いかけて、私は自分の教室へと逃げるように小走りで帰った。

 琴先輩とのやり取りもあって、すっかり落胆が増幅されてしまって、私はため息ばかりついてしまっていた。
 昼休みになって、教室の窓から中庭を覗いてみる。
 サキ先輩と会うのが、少しだけ心苦しかった。私は、彼を少なからず責めてしまっているから。
「基山」
 手すりに手をかけて隣に並んだのは、和真君だった。彼らしい明るい笑顔ではなくて、しかしそれも彼らしい真剣な表情だった。
「大丈夫か? 今日、ずっと下向いてる」
 クラスメイトだからこそ、の彼の気遣いが嬉しかったけれど、私は色々な人に心配をかけてしまったことを一人で悔やんだ。
「うん、全然大丈夫だよ」
 自分で言って強がりにしか聞こえなかったけど、和真君はそれには何も言わないでおいてくれた。
「笑えよ」
 そして、少しの沈黙の後、明るい声色でそう言った。
「……え?」
「基山が笑ってくれないと、なんか、スゲェ不安になる。何か嫌なことでも起きちまいそーな。……たぶんさ、松岡先輩だけじゃなくて、みんなそう思ってる。だから、元気出せって」
 私を元気づけるように笑った和真君の屈託のない笑顔に、少しだけ心のもやもやがほぐされたような気がした。
「ほら、先輩たち来たぞ。行かなくていいのか?」
「うん、行くね。……ありがと、和真君」
 お礼にと笑いかけると、彼は顔を赤くして、そっぽを向いてしまった。
 今は……そう、サキ先輩に会いに行かなきゃ。
 中庭に下りると、既に先輩たち四人はシートに座っていた。
「あ、桃ちー」
 顔を上げた琴先輩が次の言を発するより早く、サキ先輩は無言で立ち上がった。
 そして、それは一瞬のことだった。
「ゴメン。本当にゴメン。寂しいよな。期待してくれてたよな……。不満は、全部聞くから」
 立ちすくむ私をすっぽりと抱きこんで、サキ先輩は彼らしからぬ低い声で私に謝った。
 だけれど、そこで、私の中の何かが変わった。
「不満なんて、あるはずないですよ」
 考えてみれば、私は、何にそんなに傷ついていたのだろうか。
 サキ先輩に捨てられたわけでも、クリスマスに一緒にいられないわけでもなかった。
 彼は、仕事が終わったらずっと一緒にいてくれると、そう言ったんだから、時間を重要視しない限り、何も不足はない。
「寂しいのは……サキ先輩も、おんなじ、ですよね?」
「うん。……それにさ、俺、店番してる中で、多分何度も誘われたりして、桃歌チャンを不安にさせちゃうかもしれない」
 耳が生えていれば、ぺたんと垂れている、みたいな。
 急にしゅんとして見えたサキ先輩の優しげな睫毛に、私は柔らかく笑いかけた。
「だって、サキ先輩は、言ってくれましたから」
 『俺には、桃歌チャンしかいない』、と。
 その言葉を信じるなら、何の心配も必要ない。
「ありがとう。あの、それで――」
「サキ先輩のお仕事が終わるまで、誰かと一緒にお出かけしてもいいですか?」
 すっかり気分が良くなってきた私は、先ほどの千種兄弟の笑顔が忘れられないのもあって、彼に聞いてみた。それ以前に、家族も友達も誘えるかもしれないし……。
「その話なんだけど、さ」
 少し焦ったような彼の苦笑に、私は首を傾げた。

「え、ええと……それは、いかがなものでしょうか」
「でも基山チャン、家族も友達もアテがないんだろ?」
「ううう……事実、ですけど」
 案の定、部活に行って水瀬先輩が部員にバラした私のクリスマス事情は、部内の謎の抗争的な事態を引き起こしてしまっていた。
 家族や友達に、クリスマスの話をしたが、ことごとく逃げられてしまったのだった。誰もが私はサキ先輩と過ごすものだと思っているから……。
「平等ってやつだぜ! じゃんけんなら俺も朝斗に勝てる自信がある!」
 そして、サキ先輩や水瀬先輩、隼先輩までもが認めた案は――。
「ルールは三つ! @はぐれないようにするために手をつなぐ以外のスキンシップは禁止。A桃歌チャンも相手も、ご飯以外であまりお金を使わない。B松岡から電話があった時点で終了。何があっても待ち合わせ場所まで桃歌チャンを送り届ける」
「勿論、了解だぜ?」
「え? え!? これ何のじゃんけんっすか!?」
「最初はグー! じゃんけんぽん!」


〜 じゃんけんで勝った人が、桃歌とデート♪ 〜


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